花神 上 一
大阪堺筋線の北浜と堺筋本町の間に、瓦町がある
一年、大阪に通って、泊まっていたのはほとんど北浜
医師であり蘭学者である緒方洪庵が開いた適塾が、ここ瓦町、北船場、過書町、現在の北浜三丁目にある
適塾は阪大医学部の前身
人間は機械と同じかもしれないと洪庵
その門人帳には、歴々の人が名を連ねる
福沢諭吉
橋本左内
大村益次郎
大鳥圭介
長与専斎
箕作秋坪
佐野常民
所郁太郎
村田蔵六、後の大村益次郎の物語である
眉は異常に太く、目はぎょろりとしているが、光はあまり感じさせない
火吹き達磨、無口でとびきり無愛想
長州人、身分は百姓である
祖先は門徒僧だが、祖父の代から医者
子供はいないが妻はいる
お琴、百姓の出、ひどいヒステリー
そいつが怒ると、蔵六はものも言わずに縁側から飛び降り居なくなった
門人が探しに行くと、麦畑のなかに蔵六が潜んでいるのを発見した
もう鎮まったか?
町医者の風俗は、クワイ頭、月代を剃ることは許されない
脇差は帯びるが、大刀は帯びられず、百姓町民と同じ
官医になる可能性を持ち、堂々たる士分である
緒方洪庵が医者を志したのは、十二の時、備中にコレラが凄まじい勢いで流行し、人がうそのようにころころ死んだ
彼を可愛がってくれた隣の家族も四日のうちにみな死んだ
蔵六は適塾に入った
塾舎は二階建ての二階三十畳
寄宿生が三十ともなれば一人畳一枚である
貴公の畳はこれだ
西の隅の階段脇の薄暗い一角を指差した
この一枚で寝起きし、身の周りの物品、夜具も置く
どうだ、悪い場所だろう
夜中に手洗いに行く者が二十人はいる
連中は寝ぼけているから
枕を蹴散らかしたり、顔を踏みつけて行ったりする
五日おきに行われる会読の成績によっていい畳に移れる
成績が悪ければ悪い場所に落ちる
学力によって八学級に分けてある
その学級毎に輪講をする
輪講は月に六回
輪講とは塾生自身が蘭書の講義をする
トップはくじで決める、首席者という
蘭書の一くだりを和訳すると、次の番が質問し、答えられなければ黒点、答えられたら白点
審判を下すのが塾頭、もしくは次席の塾監
一カ月の点数で白点の多い者に良い場所の畳を与える
三カ月白点の勝ち越しをした者が上級に昇格する
輪講の前夜ともなれば、ほとんどが徹夜するため、三十の机の上にロウソクが輝き、春日明神の万灯会のような光景を呈する
蔵六はこの光景に感動した
一年目の夏が来た
この街の夏はむし暑いうえに、夕方になると、風がなくなり空気が動かない
三十畳に三十人が汗だらけで座っている
何人かは下帯さえ着けていない
この夏の輪講の結果、蔵六は第一級生になった
蔵六は物干台が好きだった
物干台に登り、豆腐の皿を膝元に引き寄せ酒を飲み昇格を祝った
わずか一年で第一級生に進んでしまうと
蔵六は、これでいいのだろうか、と疑問を持った
長崎へ行こうか
塾頭の村上に相談した
今の長崎はダメだよ
オランダの医師シーボルト先生は国外追放されて今はいない
じゃあ、洪庵先生に相談してみたまえ
患者の帰った診察室にいく
いかがでしょうか
それはおもしろい、洪庵は喜んだ
長崎では、奥山静寂に世話になり
一年ほどで、適塾に戻った
長崎に行ったおかげで、オランダ語の腕が大いに進歩した
どうも村田さんしかいない、と蔵六に塾頭を務めさせた
新着の蘭医書を岡山の人が手に入れたという
本来なら、洪庵自ら行くべきだが、塾がある
蔵六、行ってはもらえまいか
よろしゅうございます
ところで、何の書物でありましょう?
梅毒の書物です
シーボルトがヨーロッパに帰って日本に送ったもので
岡山の石井宗謙先生が手に入れられた
岡山城の手前で茶屋に入った
もち!
あいにく、亭主がいない
やがて、もちと茶が来た
持ってきたのは、年の頃なら二十二、三の女で、ひとみが碧かった
娘のように眉を残し、歯も染めてない
皮膚は白く透けて血管が見えそうである
ともかくも美人である
異人だ
蔵六が振り返ると茶店の亭主が出てきて
女にぺこぺこ頭を下げた
やがて表へ出た
駕籠が待っていた
宿場にたむろしているようなたぐいではなく女駕籠だった
どなたかね、亭主に聞いた
産科の先生だという
名前はなんと申される
この辺りでは、シーボルト先生と呼んでおります
どういうわけだ
そのお嬢様らしゅうございます
石井宗謙を訪ねると
茶菓を持って現れた婦人がある
餅を運んできた同じ医師だ
家内だ
彼女は不快げな顔をした
失本イネしもといねでございます
わたくしは落とし子
いえ、宗謙の家内ではございませぬ
シーボルトの弟子、二宮敬作の薦めで産科を学ぶことになり
岡山の石井宗謙についた
それにしても、この婦人の美しさはただごとではない
学問に憧れて、長崎から伊予、そして岡山に
やらされているのは産婆ばかり
それならまだしも、自分がお産をしてしまったのです
イネが望んだことではないにせよ
宗謙との間に男女の関係ができてしまったのだろう
タダ子、楠本高子
天がタダで授けてくれたものであろうと、あきらめの境地から付けられた名
を産んだ
犯されたのではないかということで
宗謙は破門される
イネの娘、楠本高子、その美しい容貌は
松本零士が
銀河鉄道999メーテル、宇宙戦艦ヤマトスターシャのモデル
にしたと言われている
楠本高子で検索!
やがて蔵六は田舎に帰り
嫁を貰う
川で派手に尻まくりをし魚を捕まえている、尻を蔵六に見せ、しきりに網を動かしている
やがて、わっと声を上げたが、娘の声が一番大きかった
娘は半兵衛の屋敷に逃げ込んだ
十七、八にもなるであろう
お琴はヒステリーだった
嘉永六年になった
ペリーが来た
宇和島藩の伊達宗城、薩摩の島津斉彬、佐賀の鍋島直正はこれを見た
我が藩でも作ろう
宇和島藩の伊達宗城は科学技術の充実をはかろうと二宮敬作に下問した
二宮は大坂へ上り、緒方洪庵に相談する
一人おります
村田蔵六と申します
二宮は膝を打った
蔵六も困ったが
二宮敬作と言う名がイネの保護者であることを思い出した
お琴は宇和島に行くのは嫌ですと言った
身分まで変わるのである
武家の夫人としてやっていけるしつけは受けていない
蔵六は鋳銭司をあとにした
周防大島の旅籠でたまたま医師の夫婦と相部屋になった
宿泊費を立て替えて欲しいと言う
よろしゅうございます
さらに、できれば松山の藤井先生まで送り届けてくれまいか
ご遠慮なさることはない
藤井先生は城下きっての名医
蔵六の親切を喜び
ぜひ、お泊りくだされ
宇和島は南の端にて、それがしが道案内いたします
伊予松山から宇和島はことごとく山路で名だたる嶮路が多く、一人旅はなかなかできない
私がついておればと、蔵六と共に旅立った
途中、大洲につくと、山本有仲という名医が住んでいる
適塾の先輩で名声は聞いている
山本の家に泊まりましょう、藤井は言った
それでは、わしも村田さんの宇和島入りの露払いをつとめよう、山本は言い出した
宇和島七里手前が卯之町で、宇和川が藍色の水を迸らせている
伊予の渓流は他国にまして清らかである
南伊予は美人が多いと言われます、藤井は駕籠から声をかけた
卯之町の二宮敬作の家に着いた
玄関に飛び出してくるなり、伊予じゅうの名医が来たと騒いだ
ところで、尊公、イネどのと岡山で会われたそうだな
お会いしましたが
よぼう、敬作は膝を叩いた
わしも宇和島に行かずばなるまい、敬作も言い出した
イネどのは喜んでいた、敬作は駕籠から声をかけた
わしは、イネどのに親切にしてくれる人は神仏に見えるのだ
この感情家はそれだけで泣き声になった
イネどのが尊公の学識に驚いてわしに手紙を送ってきた時から、尊公の名前が刻みつけられ、宇和島藩に推挙したのだ
敬作はイネのことになると涙腺が緩みたえず鼻水が垂れ愚人になってしまう
わしは早死にする、尊公はまだ若い
イネどののよき保護者になってくれまいか
イネどのは長崎の銅座で産科を開業しているが、学問は未熟だ
長崎から宇和島へ呼び、尊公の手もとに預けるゆえ、蘭語と病理を仕込んでくれまいか
私はシーボルト先生の弟子ではありませんが
だからどうだというのだ
日本で蘭学をするものなら、シーボルト先生の恩恵を受けているではあるまいか
宇和島は入江に面して山に囲まれ隠れ里、桃源郷のようだ
宇和島に着くと、周防鋳銭司まで訪ねた来てくれた大野昌三郎を訪問した
大一座に大野も加わった
マイガンさんのところへ参りましょう
まるで、蔵六が殿様のようになった
金剛山大隆寺に晦巌マイガン和尚と言う見識の高さで京や江戸に聞こえた
