四の八 風伯 | WriteBeardのブログ

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四の八 風伯

海上、晋作はしばし三味線を弾いた
結構な風流人と乗り合わせた、乗客は喜んだ
旦那、お武家様で?
風体は武家だがそうとも見えない
ザンギリ頭が狂態じみてる

あたしかね?晋作は長州弁を使わない
あたしはかけ落ち者

浪人と思われたくない
この時期、浪人とみれば捕らえられ、十中八九獄中病死となった

おうの、上方で船頭でもするか
おうのを本気にさせた
おんなはのんき者に限る

晋作は詩を作った
懐紙書き、おうのに渡した
しまっておいてくれ
おうのは、懐に仕舞うと立ち上がりどこかへ行った

あいつめ

おうのは厠へ行った

その懐紙をは、薄い鉛筆で書いてある

意味は、
破れ衣破れ笠、草鞋の代わりもない
ままよと旅に出たが、墓場に不自由はない
旅枕は固く、夢は冷やか
谷間の月が寝顔を照らし
月を思い出すのは長府功山寺の雪景
夜明けの雪を蹴って馬関へ進撃したのは、あれは夢だったか
自分を取って生とはなにか
それは死に他ならない
死とはなんぞや
ただちに生であろう
どうせこの身は世間の外の人
ときどき阿呆らしさがこみ上げ
小唄や都々逸をうたうが
かつては防長国の高官なりや
今は、破衣破かさ、方外の人

おうのは、けろけろと小用に使ってしまった

おうのが戻ってきた
厠は艫にある

風がつよいか?

裾を、こう
抑えながら厠へ行ったと言う

ところで、あの紙、うみに捨てたか?

おうのは、晋作のわき腹を突いた

厭でございますよ

へっへへへ

晋作が嬉しげに笑うあたり、仮装しなくなてもこの男は立派に蕩児らしい

西宮港は現今でこそ見る影もないが、晋作のこの時代、この港ほど西国方面への船舶で賑わっている商港はなかった

幕府はこの港を重視し津の藤堂氏に警備を請け負わせた
藤堂氏は西宮戎の西安寺を宿所にし、船が入港すると船客を一人々々検問した

どうやらよほど厳しいらしい
ちょっと大胆過ぎたかな
武士姿で長州訛りとあれば、待ち受ける太夫だ、太夫は手配中の容疑者をいう

驚いたのは、呑気なおうのが落ち着かなくなったことである

それでよろしおすのン?
晋作は意味がわからなかったが、わかると、声を忍び腹を震わせて笑った

また、そんなに
袂に指を忍ばせて晋作の右腕を力まかせにつねった
またあたしを馬鹿にする、というのだろう

案ずるな
俺には天がついている

天が?

ところが、天がついているのか、晋作は検問所を堂々と通過してしまったのである

浜へ上陸すると番小屋があって関所になっている
門わきに足軽が十人ばかり六尺棒を持って立っている
畳の上に役人が三人、小屋前の一人に道中手形を見せる
晋作は適当に偽造したものを見せ、肩を怒らせたまますっと通った

ザンギリ頭に朱鞘の大小、どうみても一癖ある

待たっしゃれ!

おうのは怯えずに晋作のそばを歩いてゆく、晋作は詩を口ずさみつつ歩を運ぶ

生を見る、死の如く、死は即ち生
自ら言う、我は是、方外の客

この浜が、どうやら死場所か
晋作は覚悟したが、背後から追いすがる鋭い声をその都度跳ね返した
気魄の勝負だと思った
相手が追って来れば、振り返りざま一刀両断しておのうをのがし、かえす刀をわが腹に突き立て、この砂浜できりきりと立ち腹を切るしか仕方ない

その気魄が、番士の足へ壁を作ったのであろう
番士はそれ以上声をかけず追いもしなかった

藤堂の腰抜け、町人に間で評判だった
彼らは浪士をよほど怖れた
西安寺夜中たれかが夢で魘されて一声なにごとか叫んだ、それに一同驚き、一斉に戸障子を蹴倒して四方八方に逃げた
近所に町家が三軒あった、みなその物音に物凄さにびっくりして西安の行ってみると何事もなかった
朝になって西宮じゅうのもの笑いになった

晋作は無事切り抜けた
関所から百歩ばかりゆくと札場がある
高札が掲げられている

長州神をかくまうべからず

街道へ出た、右が大坂みちである
しかしこの警戒下で大坂へ入れるか

おうの、この姿ではまずい、古着を一揃え買ってこい
いいか、帯や襦袢、ももひきも忘れるな

やがて、おうのが大きな風呂敷包みを抱えて追いついてきた

けったいな上方見物!
おうのは肩で晋作をどんと押した

街道から外れて六堪寺の森に入ると人目がない

おうの、着がえを手伝え
言うなり、さらさらと裸になった
おうのはまず紺のももひきを穿かせた

襦袢はないのか?
おうのは布を顔にあて背を丸くして忍び笑っている
その布は襦袢ではなかった、腹掛であった、左官や大工が腹につけているそれよりも地が厚い、船頭に腹掛であった

これしかおへんのどす
おうのは頸に紐をかけ身につけさせ、半纏を着せた
船頭が出来上がった
おうのはその姿を見て反り返った笑った

こいつ、あほうか
存外、おうのの知恵で整えたのかもしれない、羽織、着物、襦袢を揃えて商家の手代風に作れば、髪がおかしくなる

川船の船頭なら、親方の女に手を出して、もとどりを切ってお詫びした、テイになる
どうやらこの女は聡明なのかもしれない

大坂では、道頓堀に宿を取った
鳥屋という安旅籠で長州の間諜が長逗留していた
この種の間諜が五十ほど、京、大坂にいた

晋作は道頓堀に三日いた、二日目は芝居見物に出掛けたが三日目には飽きた

おうの、本でも買いに行こう
いいんですか?紅屋木助は心配した
晋作は徒然草を読みたかった、松蔭が入手できず世を去ったが、晋作は読んでみたかった

道頓堀の東の端に本屋画ある
大坂弁の上手いおうふに聞かせた

ございます
冬瓜の尻のような顔の老人が上目遣いで晋作を見た
この時期、目明かしはこういう稼業に主人に渡りをつけ捜査の片棒を担がせた

船頭風情で徒然草を読むのはおかしい
直感が働いた
うらの蔵にあるからお待ちを

直感なら晋作の方が十倍優れていた
船へ忘れ物をした
すぐ、辻籠を二艇拾って木津川へ駈けさせた
四国へ渡る便船を拾うためであった

晋作はのち、この話を三浦梧楼に語った
三浦梧楼は後陸軍中将、大正十五年八十で死ぬまで

高杉という人物は、まるで風伯、風の神、の申し子のような人物じゃった
と、飽きずにこの大坂話を語った