四の六 兵威 | WriteBeardのブログ

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四の六 兵威

軍艦がお城の海の浜近くまで押し入ってきて、それがね、どろどろと一日中、大砲を撃ちやめないのです
撃つたびに、萩の南の山や東の山に響いてわんわんこだまして、
明治後、お雅語った

この時期、人々の恐怖は諸隊や農民軍以上に、菊ケ浜に浮かぶ癸亥丸から放つ砲撃が怖ろしかった
むろん、実弾は込めてないが、萩の地形は北が海、背後三方が山に囲まれているため、こだまが物凄く、馬が狂って路上を駆け回るほどであった

あれは軍艦の啼き声じゃ、なにが怖ろしかろう、小忠太は毎日言った

が、お雅は怖ろしい
縁側を渡っていても、あの砲声が轟くと、その場にしゃがみ込んでしまう
羞かしい、と思うがどうにもならない

あれは軍艦の啼き声じゃよ
お雅をからかうように言う

晋作差回しの軍艦
ということは萩の人はみな知っていた
三田尻で軍艦三隻を丸々手に入れたから、あと二隻持っている

お道は、大砲が鳴り響くと、裏の鶏小屋に走り、鶏が騒ぐのを鎮めようとした
トトト、トトトと小屋の桟に眉をくっつけ、唇を丸めて鎮めるのである
鶏は気が立つと卵を産まなくなる

お母様、なぜ鶏小屋へいらっしゃいますの?
お道は声をあげて笑ったが、理由を言わなかった

お雅は昼食の給仕をしていた時、不意にさとった
晋作は卵が好きであったことをである
お道は鶏に卵を産ませようとしていた

あの大砲は晋作が射っている、晋作は菊ケ浜まで帰っている
晋作が上陸して帰宅したら、お雅に卵を料理させようと思っている
やはり、母親だ

本当にあの御軍艦に旦那様が乗っていらっしゃるのでしょうか
だって、考えてお見なされ、あのようなダイナことをするのは晋作のほかたれがありますぃんた

お道は実は消え入りたいほど世間に申し訳ないと思っていたし、お雅に対しても、

世間並の男やのうて、と詫びていた
小忠太も、家中第一の美人で縁談もふるほどあったのに、ああいう奇妙な亭主を持ってしまい、お雅が可哀想だ、と常に言っていた

むろん、晋作は海上にいない
山口の本営にいて事態を見ていた
黙して威を張るべし
勝利軍は無言なるがよし、相手の多弁を待つ

相手は肚のうちを測りかね、火で炙られたように焦り様々な融和策を持ってくるであろう
当方は冷ややかに審議し気に入らねば突き返せばいい

萩から面白いほど色んなことを言ってきた
支藩の清末藩主毛利讃岐守は、自ら交渉に当たろうと言い出した
讃岐守の意向を文書にしたが、諸隊の剣光がきらめいて使者を送ることができず、やむなく農夫を雇い晋作の陣営にゆかせた
予、自ら事に当たらん!
と意気込んでいた藩主はいざとなって気後れし沙汰止みにしてしまった

晋作は憂鬱になった
大名がこれでは武士階級は消滅するのではないか

讃岐守は数日遅れて、山口北方二十キロの佐々並にやってきた

わしが出る事はあるまい
出れば武士階級の礼を取って平伏せねばならない
とすれば諸隊を失望させるかもしれない

もっとも讃岐守の接し方も妙であった
平装でやってきて、三百メートル離れた山上に床几をすえ腰を下ろした
中間が文書を諸隊に渡した
休戦の勧告である、むろん藩政府軍も休戦する
これに対し諸隊の態度は強硬であった
休戦には応ずる、但し、七日間に限る、撤兵には応じない
すべて晋作が支持した
藩は弱腰だった、翌々日藩政府軍は前線から撤退し萩に戻った

この間、晋作は山口の旧政事堂におり、そばに力士隊総督の伊藤俊輔、鴻城軍総督の井上聞多が纏わりついていた

少し酷過ぎはせんかの
聞多は藩が気の毒になったのである

待つのだ
晋作は軍事圧力の情勢変化を期待した

鎮静会議員が頼みもせぬのに当方の意向を藩主と藩政府に働きかけているのである

現政府員を即時罷免されよ
中立派の面白さは、情勢を報告してくるのだ
この建白書の写も送ってきた
晋作はこれを読み、まるでわしが書いたようだ
諸隊の強さは何か、それは天地を貫く正気があるからであります、この諸隊の勢いをもって御国の四境を固め、四境の敵を待てば、御国は金城湯地であります

これはなんだ!
御城下に二百の高杉が出現したようだ
これが人の世だ

晋作の頭は回転した
もし萩に新政府が樹立すれば
晋作は政務首位の首相に着くであろう
この妙な男は身震いを覚えた

椋梨のほうがましだ
正義を装い風向き次第で動く連中が嫌いだ

それ以上に嫌いなのは、裃を着て台閣に列し扇子を使っている自分を想像することであった

聞多、俺は逃げるぜ
聞多も俊輔も驚いた

成功の暁には、よ

日ならず萩に入るだろう
俺はその日から消える、後は頼む

聞多と俊輔が問い詰めた
洋行でもするわさ
聞多、萩へ入ればすぐその金を支度してくれ、俺は外国船を拾うために長崎へ行く、と目を据えて言った

海峡の春

革命は成功した
が、成功するや、すぐさま晋作は
わしは外国へゆく、と火のつくように言いだした真意はなんであろう
同志がみな憶測しかねた

藩主毛利敬親も佐幕派に推戴されたことを仰徳大明神の霊前で詫びた
すべて自分の不徳不明により起こったことで、いまさら臍を噛むとも及ばざることである

佐幕派頭目だった椋梨藤太は藩外へ逃亡したが、捕らえられ処刑された
すべて片付いた

高杉になんの不満があるのか

新生内閣には山田宇右衛門という老人が就任した、松蔭の師匠である
藩では晋作を陸軍大臣にしようとしたが、晋作は一笑で酬ただけだった

彼はこの時期、名言を吐いている
人間というのは、艱難は共にできる、しかし、富貴は共にできない

彼らは上士軍との決戦のとき、あれほど義に燃え、痛々しいばかりの真摯さで連戦奮闘してきたのだが、成功するや、ただの無頼漢になった
上士階級を嘲弄するのはいいとして、武家屋敷に押し入り婦人をからかったり、罪もない百姓を面白半分に斬り、斬ってから、こやつは俗論党の使いをしたと言ったり、幹部級は政事堂でごろごろして勝手に気焔を上げ、政治家を気取り互いに蹴落としあいを始めた

そういう連中の世話など、おれのがらか

長州藩庁は晋作に軍事総奉行の辞令を用意したが、晋作は下関の妓楼で酒を飲んでいた

三月二十日朝、俊輔は山口の旅籠で、膳を膝の間に掻いこむように朝飯を食っていた
どうだぇ?
晋作が階段を上ってくると、俊輔の前に座り、俊輔の臼のような顎が旋回するのをじっと覗き込んだ
うまいか?
どうも、そう見られては、べつに旨くないです
旨くもないのに食うのか?
習慣ですから
結構だな
人間、さかんなものだ
晋作は元来寡食で食欲があったためしがない
その黒いのはなんだ?
俊輔が歯咬みしながらむしっている物を指した
かいつぶりです
そんなもんが食えるのか⁈
その辺りの池に潜ったり首を出したりしている水鳥だが、朝、鉄砲で射ち毛をむしってごま油で揚げて今食ってる
旨いのか?
べつに旨くはありません

俊輔は食い終わると、用件を聞く姿勢を取った
伺います
俊輔!晋作は扇子をあげ、西を指した
行こう!
参りましょう!
が、不安な顔をした
藩は大混乱している、その始末もせず消えていいものかどうか
第一、幹部も兵士も暴慢をきわめている
これを収拾できるのは晋作以外にない

俊輔、生とは何か?

生とは天の我れを労するなり、死とは天の乃ち我れを安ずるなり

生とは天がその生に目的を与え、その目的のために労せしめる過程に過ぎず、死とは天が彼に休息を与えるに過ぎない

晋作は更に言う、
天は人に役割を与えている
長府功山寺の雪を蹴って下関に進撃し、藩役所を襲撃して長州の正気を奮い立たせた、あの一事で御役御免になっている
絵堂大田の快勝はわしではない
山県狂介の功だ

なるほど

今、士が驕慢になっている
これを統御する総大将は狂介である

しかし、幕府が攻めて来たらどうします?
すぐには攻めて来ぬ
来ても今の長州ならば持ち堪える
そのあいだ、こっちは世界を見るのだ
見てどうします?
長州を世界の列強に入れる
下関を横浜のように開港するのだ

しかし、攘夷はどうなります?
俊輔
はい
宇宙は止まってない、そのうち一回転するよ
つまり一回転しきるまで、こっちはヨーロッパにいる
いわば、逃げるわけですな?
そうそう
逃げるだけでしょうか?
追ってゆくのだ
ヨーロッパの秘密の鍵を抜き取り、長州に移植する

五大洲に防長二州の腹を押し出す!

 あとは旅費だった
新しい政府にかけあった
同志の二人が要職に就いていた
ひとりはクーデター参謀佐世八十郎、後の前原一誠、用所役右筆にいた
いま一人は井上聞多である

三千両出せ!
二人は承知せざるを得ない

まさか、攘夷を棄てるのではあるまいな
そんなこと知るか!
あのザンギリ坊主はヨーロッパの大物見に行こうとしているのだ、攘夷のためにこれほど必要なことはない

辞令をどう出すか
英学修行を兼ね、外夷事情研究のため、横浜に差遣する
旅費は三千両出した
晋作と俊輔はすぐ下関へ出た
この日、桜が満開であった

滑稽なことに、晋作も俊輔も行李さえ持っていない、風呂敷ひとつ持ってない

俊輔、カラカサくらい持っていこうか

金さえあれば、裸でゆくほうがようござんす
気に入った

下関で晋作の病気が出た
芸者をあげて大騒ぎしようと言った
懐に三千両ある、ヨーロッパに芸者はいまい
綱与という茶亭に上がり、芸者、末社をあげて大騒ぎした

桜炭、活けた炬燵にうたた寝すれば、夢じゃ吉野の花盛り

という唄をつくり、三味線で唄った
この唄は下関の花街、大阪の新町や長崎の丸山まで広がった

伊藤博文は、日露戦争ののち、下関に芸者をよんだところ、芸者が偶然、この唄を三味線にのせて唄った
唄だけ生き残っている
もう一度やってくれ
伊藤は二度うわせ、往時を思い涙を浮かべたという