四の一 長府屯営 | WriteBeardのブログ

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四の一 長府屯営

晋作は下関裏町の妓楼で潜伏を続けている、事態はいよいよ絶望的であった
藩内クーデターを奇兵隊幹部に説き続けているのだが、たれもが反対するか尻込みした

幕命による山口城の破却、を知ったのは正一郎を通じてであった
武門の面目はどこにある、晋作は毛穴から血が噴き出すほどに腹が立った

広島から幕軍総督尾張侯徳川慶勝が来ている
山口城を自ら毀て萩城に退く
実行を確かめる必要がある
藩士六人を山口に派遣した、長州俗論党もさすがに城を壊すことを嫌い、六人を湯田温泉に泊まらせ、芸妓に言い含め
深刻なる応接をなさしめた
正使の横井は、瓦の十枚も壊しておけば良いと聞こえよがしにつぶやき一泊で広島に帰った
応接が深刻を極めただけでなく、湯田の周りに血気の壮士がうろつき生命の危険を感じたようであった

ところで白石正一郎宅に、西郷吉之助がこの頃来て筑前志士月形と会っている
会いますか?白石は晋作に聞いた
この時期、西郷は幕軍総督徳川慶勝の参謀として京から広島へ下向し広島と小倉を往来していた
西郷に会うほどなら、晋作は言った
夷人の靴を頭に乗せて腹を切る

蛤御門で来島以下を殺し、今も長州処分の知恵袋である、そういう男になぜ膝を屈して会わねばならぬのか
白石は西郷について別の見方を言った
晋作は聞くや否や、尊公はその辺りが町人だ、ずけりと言った
白石はわずかながら顔色を変えたが、晋作の言葉に階級的蔑視はない
町人は藩を背負ってない
白石は、なんとご料簡の狭いというと
その通りだ、武士は料簡が狭い、この狭さがばかばかしいことで腹を切り命を捨てられるのだ、西郷は殿の敵である、その敵に家来たるわしが笑顔で会いにゆけるか、西郷に会いに行く時は、斬る時だ、とからからと笑った

晋作は堺屋にいる間、真書太閤記を読み、織田信長の桶狭間の奇襲のくだりを丹念に読んだ、信長は決死の少数部隊を率い今川義元の大軍に斬り込み潰滅させた、それが自分に可能か、不可能であろう、なぜなら晋作には一兵もいない
奇兵隊を説得するしかないと思った

下関から東に十キロ行ったところに毛利家の屋敷がある、そこに奇兵隊始め諸隊が身を寄せ合っていた、俗論党から解散命令が出ている、強いて三条実美他五卿の警護が存在理由だった 

どうせ潰されるのだ、山県狂介はなんの反応も示さない
晋作は業を煮やした、十二月の寒夜、長府に走った

長府に着くと門前の兵が誰何した
おれだ、黙って屋内に入った
この夜、たまたま諸隊の隊長が奥の一室に集まり低い声で話していた、一座に酒がある
晋作はふすまをいきなり開け、ズカズカと入り上座に座る、皆晋作の用件は察している
たれかこの沈黙を破りたかったのか、茶碗に酒を注いだ、晋作はぐっと飲んだ
その者が慌ててまた注いだ、晋作は空にした
山県狂介が来訪の趣旨を聞いた、晋作は黙っている
諸君の察しの通りだ、三たび酒を注がせた、酒注ぎは俊輔だった

伊藤は勤王党瓦解後この諸隊に潜り込み、力士隊の隊長になった

諸隊の隊長は挙兵に反対したが、山県は黙っている

伊藤は失敗すると思ったが、晋作に命をくれてやろうと思った

やがて、晋作は吠え始めた
諸君は赤根に惑わされている、赤根は大島郡の土百姓ではないか、この晋作は毛利家譜代恩顧の士である、赤根武人ごとき匹夫と同一視される男児ではないぞ、もし諸君が惑わされて晋作の説を聞かなばもはや諸君に望むところはない、ただ、馬を貸して貰いたい、その馬で萩に駆けつけ城門を叩き御両殿に直諫する、受け入れぬ時は、腹を掻っ切り臓腑を城門に叩きつけ両殿の聡明を回らし奉ろう
萩に向かって一里ゆけば一里の忠を尽くし、二里ゆけば二里の義をあらわすときである

が、たれも晋作とともに立ち上がろうとする者は無かった

功山寺挙兵

高杉は狂ったのだ
山県狂介以下の壮士は晋作に冷淡だった
傷負い猪が荒れ狂っているとしか見えない
歴史は天才の出現によって旋回するとすれば、晋作はまさにそうであった、彼の両眼だけが未来の風景を見ていた
今進行中の政況という山河も晋作の眼光を通して見れば、山県らの平凡な風景とはまるで違っていた
晋作はこの風景の弱点を見抜き、河を渡れば必ず敵陣は崩れると見ていた
が、彼の頭脳の映写幕に映っている特殊な風景を凡庸な感受能力しかない山県らの頭脳に口頭で説明することができなかった
行動で示すあるのみ
が、悲痛なのは、伊藤以下力士隊三十で挙兵することであった
政治情況とは刻々変化する天秤である、常に変化しバランスを得ている、今幕軍の圧力と俗論党の勢力でバランスしていた、山県らはそれを過大評価していた
晋作はそれを、幻の平衡と見ていた
暴発して突き崩せば風景の魔性が暴露する、天秤が晋作に傾く、傾けば風景が一変する、一変すれば山県らの凡庸な頭脳に、ああ、そうか、と俄かに気づき、晋作に加担するであろう、晋作は見抜いていた

彼は長府での説得に失敗した、すでに夜中である、晋作は横になった、隊長たちは目配せして座を引き上げた、力士隊の伊藤だけが残った
俊輔、晋作はこの下郎あがりの同志に声をかけた、今から馬関に帰って兵を集めておけ、まず馬関の奉行所を襲う、蔵をひらき金と兵糧を奪うのだ
それから?
晋作は十分考えていた、精緻過ぎるほどの作戦計画を持っていたが、それを今伊藤に洩らすことは危険であった
あとはその場その場で適当に絵を描いてゆけばよい
伊藤はさすがに驚き、晋作の枕頭に端座したまま目を瞑ってしまった
どうも、おれは死ぬらしい、どうせ人間死ぬのだ
伊藤にすれば百姓の身分から這い出て松蔭に愛され、来原と桂に引き立てられ、侍身分として駆け回っている、全てこの勤王党に加入したおかげだった、その勤王党が潰滅同然の状態にある、高杉が必死でそれを興そうとしている、もし潰滅すれば伊藤は逮捕され斬首されるか敗残者として窮乏のうちに世を終わるであろう
伊藤は代々の藩士と違い、勤王党にメッキされた藩士であり、かれ一身にとって生涯の岐路であった
ほならば、馬関へゆきますけぇ
晋作は頷いた

伊藤は馬で夜道を奔った、彼は馬術を学ばなかったからうまく乗れない、ひとムチ当てると馬が異様な疾さで走り出した、伊藤はたてがみにしがみついた
おれはもう死んでいるのだ、死霊が駈けているのだ、と自分に言い聞かせた

これが元治元年十二月十三日の夜である
晋作は深夜起き伊藤の後を馬関に走った
が、翌十四日には長府に戻った
諸隊のうち、遊撃隊が挙兵に同調する兆しがあると内報を得たからだ
遊撃隊は外人部隊である、他藩の脱藩浪士で組織されている、土佐脱藩浪士が多かったが、他に福岡藩、秋月藩、久留米藩、因州藩などの脱藩者がいた
どの男も風雲を切り抜けてきた連中で帰るべき故郷を持たず、勤王党が潰れれば行くところがない
高杉さんの挙兵に加わろうと隊長に迫り、承服させた、といっても五十程度であった
山県以下の長州人は沈黙していた

晋作が伊藤と力士隊を下関から長府に呼び、遊撃隊とクーデター部隊を編成したのは十二月十五日夜であった
この日、朝から大雪が降り、長府沖だけが青く、山河は白くなった、この光景が事件をいっそう劇的にした

長府に功山寺がある
勤王党が匿ってきた五卿がいる
この時期、九州移座に内定していた
この五卿の秘書官長を務めていたのは土佐藩土方楠左衛門であった
晋作は土方を罵倒したことがある
長州人の涙を忘れたか!

功山寺を訪ねよう
雪を蹴って功山寺の坂道を騎馬で登った
石段は雪に覆われている、手綱捌きだけで上がろうとしたが、隊士が危ながって馬の口を取った
登りきると大きな楼門が二層ある
さらに石段があり、一人が雪を蹴散らし提灯で足場を照らした
五卿らは寝についていたがクーデター不参加の奇兵隊から土方に使者が来ていた
晋作の暴発を叱ってくれと依頼した

土方は慌てて外に出ると十五夜の月下に晋作が馬を立てていた、よほど憤慨の様子であった
土方は頷き五卿を起こした
公卿は黒縮緬の羽織を着、大座敷に出てきた
晋作は太刀を次室に置き、五卿に一礼し、決起の趣旨を簡潔に述べた後、酒を一杯いただきたいと言った
尊貴な人に酒を要求する馬鹿もないが、出陣する当然の作法である
公卿達は晋作を見ていたが一言も発しない
もう一杯、晋作は大盃を二度干したとき肴を欲しがった
土方は食べ残しの煮豆を与えた
晋作は三杯目を飲み干した
やがて立ち上がり玄関から出た
三条実美は境内まで出ると、晋作は馬上の人になった、この時この若者が言った言葉は方々に喧伝された

今から長州男子の肝っ玉をお目にかけますけぇ

楼門を出、路上に出ると、晋作の馬前に転ぶように人が出て、雪の上に胡座をかいた、山県の下で副軍監を務める福田俠平であった
行くなら、わしを蹴殺してから行ってくれ
一瞬福田と知って怯んだが、背後から砲隊長が励ました
総督!馬を進めたまえ、と叫んだため
鞭を上げ、馬を撃ち、福田を飛び越えるように馬を進めた
砲車がそれに続き八十人が雪を踏んで下関に向かった