ゆっさ | WriteBeardのブログ

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神風連の一挙は各地の不平士族に衝撃を与えた

十月二十七日秋月の士族二百数十人が挙兵した

旗印は、神州之元気を恢復せんとす

鎮台、クソチンと軽侮された

小倉の歩兵第十四連隊は、二十ハ歳の乃木希典が指揮を執っていた

秋月の乱は、彼が鎮めた

連隊は前年まで、陸軍少佐山田頴太郎が連隊長だった

前原一誠の実弟で、陸軍省は危険視して免職した

乃木の実弟は玉木正誼である

萩の玉木文之進の養子

玉木文之進は吉田松陰の実家、杉家の出で

杉家の次男、松陰吉田虎太郎に学問を教えた

玉木文之進が松下村塾を開き、松蔭が引き受けた

木戸孝允、山県有朋、伊藤博文、前原一誠らが閥である

その玉木正誼が乃木に反乱を勧めた

が、己を知る者の為に報ずるあらん

と弟を義絶した

私は弟に対し骨肉の情まで断ったのだ

己を知る者とは、自分を取り立ててくれた陸軍卿山県有朋である


薩人はぼっけもんをよろこぶ

木強者、ぼっけもんとは、

学問はさほどできなくても

勇敢、頑固、質朴で、平素、必要以上に死を軽んずる者を言い

島津家では薩摩隼人とした



以下、談話である

木戸が地方官会議の議長席に着いても満場の私語はおさまらず静まらなかった

大久保が席に着くと、満場水を打ったように静かになった


薩摩の状況である

新八が言う

どうにもならぬ

あたかも、四斗樽に水を張って

腐れ縄でこれを縛っているようなもの

破裂は自然の勢いである


自分達はその腐れ縄である


大久保と川路が西郷を暗殺すべく警視庁職員を鹿児島へ送ったと言う説がある


桐野は問うた

篠原は本当だと答えた

川路、大久保は鹿児島の志士達をなだめるべく

鹿児島出身者をもどしたのだが

私学校の生徒らは

西郷暗殺の刺客を送り込んだと

色めき立つ

これに対し、私学校の生徒らは

火薬庫を襲う

しもた!

西郷はそうつぶやいた

何事、弾薬などおっとせ

なんで火薬庫なんぞ襲うのだ


主人が帰って参りますと、

絶えず桐野さんや篠原さんが

お見えになり、かうなった上は

軍勢を率いて立たねばならない、

としきりに主人勧告されましまが、

主人は頑としてこれに応じなかった

のでありあやます

西郷夫人糸子の逸話である

二月六日、鹿児島の町に雨が降ってる

私学校本局に二百数十人

大講堂は百五十畳ある


一同着席した

西郷を中心に、幹部11人

しゃはんのこっつは、ご存じの通り

しゃはんとは、政府が種をまいた

刺客問題と私学校がやった

弾薬掠奪問題

政府が挑みかかってくるのを

指をくわえて待っているか、

先を制して喧嘩を仕掛けるか

西郷先生の前で肚を決めたい

おはんは、死を恐れて

今の様な議論をするか、

篠原はとどめを刺した

大きな時計が2時を打った時、

桐野が立ち上がり

今となっては後の祭りだろう

政府は既にゆっさ戦争の覚悟ができちょる

内務卿大久保は東京にいた

西郷もこれに加担していると

知った時は、あの背の高い、

六尺あった父が座にいたたまれずに

焦燥しながら、座敷と廊下を鴨居に

あたまをぶつけながら、グルグル

歩き回って、目にいっぱいの涙

をたたえていたことは後年、

叔母がよく私に聞かせたことである