梟首(゚o゚;; | WriteBeardのブログ

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梟首(゚o゚;;

廃藩置県の号令が発せられたのは

明治四年七月十四日であった

もし、各藩で異議が起こりましたならば、

拙者が兵を率いて打ち潰します、西郷は大喝する

廃藩置県は、大名と武士階級から特権を奪ったのである

士族達は、騙された!と不満に満ちる

この憤りを他に向けるために征韓論を持ち出した

が、これが蹴られ、西郷は下野する

薩摩に戻り、山に出て、うさぎを追い、川で小鮒を釣る

西郷の帰郷に呼応して佐賀人も帰る

佐賀でも鬱憤が爆発する

佐賀の乱である

封建時代に戻せ!

司法卿で参議であった江藤新平も佐賀に戻り、ドンに祭り上げられる

大久保はこれを鎮圧するために、軍隊の統帥権、行政権、司法権を得て佐賀に向かう
賊徒巨魁の者は、梟首

と処分の方針を出す

さらし首である

維新の時でも、国事犯に死刑はあり得なかったが

佐賀に檻送されてきた江藤新平及び乱の関係者十三人を死刑に処してしまった

しかも、江藤と島は梟首である

かつての司法卿にあまりに惨刑である


明治四年十月那覇を出た宮古島船、八重山船が暴風で漂流し台湾に打ち上げられた
台湾の高砂族に襲われ、66人のうち54人が虐殺された

報復のため、出兵すべきだ

征台論である

大久保、従道も案に乗った

50万に及ぶ不平士族の集団的エネルギーを外に向けないと

一旦、中止命令が出たのだが、

従道は出発させた

最後の一隻に従道と本営が乗る

定員の四倍の600人が乗る

三等室には人間が折り重なり地獄のようであった

人夫500人のうち、128人が台湾病にかかって死んだ

マラリアである

飯は大ざるに盛り上げられ、大部屋の中央に据える

シャモジかわ五、六本添えてある

そのめしの山に群がり

汗みずくの体を擦り付けてひしめき

弁当箱に掬い込む