あれは、わしがまだ幼い頃のことじゃった。
小学生の低学年の頃じゃなかろうか。
ひいばあちゃん米寿か100歳祝い。
磐越西線の津川に住む。
母方のルーツ。
新潟の津川といえば、美人の産地で知られている。
確かに、高校の時に津川出身の3名は3名とも美人だった。
しかもかなり。
思い出すのは、ひいばあちゃんの家。
今で言う、2DKくらいの一戸建て。
玄関を入ると、すぐに炊事場があり、釜だきの釜がある。
上がると、8畳に6畳。
今で言えば、2DKくらいの一戸建て。
水道は通じていたものの、すぐそばに、井戸がある。
テコを上下すると、井戸水が湧いてくる。
その祝いには、ひいばあちゃんの娘であるばあちゃんの兄弟
そのすそのに広がる一族が集まる。
ばあちゃんを中心としたおじさん、いとこの顔はしっているものの
その先の系譜などしったことっちゃない。
そこまで行くと赤の他人に等しい。
で、そこから代々受け継がれているのが、味噌造りだ。
それからしばらくしたある春の日。
日出谷のばあちゃんの家、
母親の実家で大々的に味噌の仕込みが始まる。
大豆を5段位の蒸し釜で蒸す。
煮えた頃に、それを手巻きミンチマシンにかけるのだ。
上から蒸した大豆を入れ、ハンドルを回すと、先っちょから
ひき肉状の大豆がニョロニョロ出てくる。
これを新聞紙の上に干して、樽につけて、麹を振って
塩を振って寝かすと味噌になる。
昔は、味噌は自家製だったのだ。
なので、手前味噌。
うちの味噌は美味いで~みたいな。
で、このニョロニョロを食べてみた。
長女の姉がつまみ食い。
美味い!
これ、食べてみ!
え~って食べてみた。
美味い!
田舎の匂いのする旨みが詰まった大豆の蒸したての挽きたて
これがまずかったらうまい味噌はできないよね~
それが幼少の思い出。