今日は夕方から冷え込んできました。
明日の朝はこの冬一番の冷え込みになりそうだとか・・・
いえね、寒くなると屋上露天温泉
が寒いんだよね
今も順番に入っているんだけど、みんな神妙な顔をして帰ってきています。
湯船の中は気持ちいいんだけど、身体を洗うときが大変なんですよ
せめて風が出なければいいんだけど・・・
ということで、昨日行ってきた清水港線・廃線歩きの続き。
ちなみにこの清水港線、データによると営業キロ数は8.3㎞、駅数は6駅の全線非電化単線だったそう。
過去には国鉄一の黒字路線だった、輝かしい歴史をもっていました。
しかしモータリゼーションの波に見舞われ、1972年以「旅客列車」は一日一往復の運行となり日本一運行本数の少ない路線でした。
そんな路線ですから、当然JRに移行することもなく1984年(昭和59年)4月1日廃線となりました。
昨日載せたテルファークレーンや、巴川可動橋などの見所もあったそうです。
それでは旧清水港駅跡現在の清水マリンパークから散策を始めます。
前出のテルファークレーンを通り過ぎると、いったん線路跡が分からなくなります。
大きな立駐を回り込み、倉庫街へと進みます。
交差点でふり返ると・・・

▲不自然な空間が・・・
駐車場として使用されているこの空き地、この一帯の建物に対して妙な角度・・・・
しかもビミョーにカーブしています。
細長い空間、道路の向こうには・・・

▲やっぱり続いてる・・・
こりゃもう、レーダー全開ですね
廃線跡と、ほぼ確信してこの空間をたどっていきます
休日の倉庫街と云うこともあり周囲はしーんと静まりかえっていて、先ほどのエスパルスドリームプラザ周辺の賑やかさがウソのようです。
まあ、休日じゃなきゃこんなところウロウロ出来ませんよね

▲明らかに「踏切の跡」が残る
舗装の補修されているところが、線路だったのでしょう。
そしてこの踏切跡で発見しちゃいました

▲これで「廃線跡」確定!
コンクリートの標柱に「工」のマーク。
鉄道敷地の境界票が転がっていました
ここが「元鉄道敷」だったという、明確な証拠です。
欲しかったけど・・・そういうことしちゃいけませんよね
細長い空間は、転用するにも用途がないのか「駐車スペース」くらいにしか利用されていません。
倉庫の裏に残された線路跡を進んでいくと・・・

▲側溝が補強してある・・
線路敷きの「土留め」というか「側溝」の補強に、鉄の棒を渡してあります。
近づいてみると・・・・

▲予想どおり「レール」でした
鉄道では、いろんなところに「レール」を使っています。
跨線橋の構造や、ホームの上屋。フェンスの支柱等々・・・これもそういう感じでしょうね。
この先で線路跡は「川」に突き当たります。
ふり返ってみると・・・

▲廃線跡の雰囲気ですね
ここを貨物と旅客の「混合列車」が走っていたところを見たかったものです。
そしてこの「巴川」。

▲対岸には「橋台」が残る
かつてここには巴川可動橋という、中央部が水平に持ち上がる可動橋がありました。
保存に向けた活動もあったそうですが、残念ながら撤去されてしまい現在では片側の橋台が残るのみです。
この向こう、現在「下水処理場」となっているところに「巴川口駅」があったそうです。
廃線跡はこのあとも続いているのですが、この日ワタシはなんと「サンダル」で出かけていたため、これ以上歩くのはちょっと・・・・
ということで、清水港廃線歩きはこれにて終了。
このあとは・・・・
つづく・・・
明日の朝はこの冬一番の冷え込みになりそうだとか・・・

いえね、寒くなると屋上露天温泉
が寒いんだよね
今も順番に入っているんだけど、みんな神妙な顔をして帰ってきています。
湯船の中は気持ちいいんだけど、身体を洗うときが大変なんですよ

せめて風が出なければいいんだけど・・・

ということで、昨日行ってきた清水港線・廃線歩きの続き。
ちなみにこの清水港線、データによると営業キロ数は8.3㎞、駅数は6駅の全線非電化単線だったそう。
過去には国鉄一の黒字路線だった、輝かしい歴史をもっていました。
しかしモータリゼーションの波に見舞われ、1972年以「旅客列車」は一日一往復の運行となり日本一運行本数の少ない路線でした。
そんな路線ですから、当然JRに移行することもなく1984年(昭和59年)4月1日廃線となりました。
昨日載せたテルファークレーンや、巴川可動橋などの見所もあったそうです。
それでは旧清水港駅跡現在の清水マリンパークから散策を始めます。
前出のテルファークレーンを通り過ぎると、いったん線路跡が分からなくなります。
大きな立駐を回り込み、倉庫街へと進みます。
交差点でふり返ると・・・

▲不自然な空間が・・・
駐車場として使用されているこの空き地、この一帯の建物に対して妙な角度・・・・
しかもビミョーにカーブしています。
細長い空間、道路の向こうには・・・

▲やっぱり続いてる・・・
こりゃもう、レーダー全開ですね

廃線跡と、ほぼ確信してこの空間をたどっていきます

休日の倉庫街と云うこともあり周囲はしーんと静まりかえっていて、先ほどのエスパルスドリームプラザ周辺の賑やかさがウソのようです。
まあ、休日じゃなきゃこんなところウロウロ出来ませんよね


▲明らかに「踏切の跡」が残る
舗装の補修されているところが、線路だったのでしょう。
そしてこの踏切跡で発見しちゃいました


▲これで「廃線跡」確定!
コンクリートの標柱に「工」のマーク。
鉄道敷地の境界票が転がっていました

ここが「元鉄道敷」だったという、明確な証拠です。
欲しかったけど・・・そういうことしちゃいけませんよね

細長い空間は、転用するにも用途がないのか「駐車スペース」くらいにしか利用されていません。
倉庫の裏に残された線路跡を進んでいくと・・・

▲側溝が補強してある・・
線路敷きの「土留め」というか「側溝」の補強に、鉄の棒を渡してあります。
近づいてみると・・・・


▲予想どおり「レール」でした
鉄道では、いろんなところに「レール」を使っています。
跨線橋の構造や、ホームの上屋。フェンスの支柱等々・・・これもそういう感じでしょうね。
この先で線路跡は「川」に突き当たります。
ふり返ってみると・・・

▲廃線跡の雰囲気ですね
ここを貨物と旅客の「混合列車」が走っていたところを見たかったものです。
そしてこの「巴川」。

▲対岸には「橋台」が残る
かつてここには巴川可動橋という、中央部が水平に持ち上がる可動橋がありました。
保存に向けた活動もあったそうですが、残念ながら撤去されてしまい現在では片側の橋台が残るのみです。
この向こう、現在「下水処理場」となっているところに「巴川口駅」があったそうです。
廃線跡はこのあとも続いているのですが、この日ワタシはなんと「サンダル」で出かけていたため、これ以上歩くのはちょっと・・・・
ということで、清水港廃線歩きはこれにて終了。
このあとは・・・・
つづく・・・
