●僕が好きなチーム
今回は、北陽(現・関大北陽)だ。
このチームを
初めて観たのは、
昭和55年の春のセンバツだった。
優勝候補に数えられたが、
初戦で帝京に完封負け。
その年の夏の選手権にも
出場したが、
初戦でまたも東京勢の早稲田実と当たり、
またも完封負けし、
荒木大輔ブームを引き起こすきっかけと
なってしまった。
当時の私は、
「大阪はやはりPL学園や浪商でないと、
ダメだなぁ」とタメ息をついたものだ。
しかし翌年の夏の選手権に
連続出場すると、
私の北陽への印象は変わった。
大阪代表に決まったときは
「また性懲りもなく出てきたな」
というのが偽ざるを得ない気持ちだった。
鬼門の初戦を勝つと、
2回戦も接戦をものにし、
3回戦で、あの工藤公康を擁する
名古屋電気と対戦する。
前の試合でノーヒットノーランを
達成した工藤から
序盤にヒットが出て、
ホッとした雰囲気。
しかし、北陽も
先発の吉岡が初回で降板し、
早くも抑え役の高木を投入する
はめになる。
甲子園では吉岡は調子が悪く、
初戦から序盤でKOされ続け、
実質的に高木が先発するみたいな
ものだった。
両チームの両左腕の投げ合いは
見事で、
いつまでも続いてくれ、
と思っていたが、
延長12回に
名古屋電気の中村が
サヨナラホームラン。
打たれた北陽の高木の
表情がなんともいえなかった。
その後、
PL学園黄金時代が到来し、
出場する機会が少なくなったが、
私が観たなかで
一番きらめいた北陽が
平成2年の春のセンバツだった。
剛腕・寺前を擁して、
初戦の帝京戦で、
昭和55年の恨みを
4対3で晴らすと、
準決勝まで
同じスコアで勝ち進む。
準決勝の第1試合で
激闘の末、
同じ大阪の近大付が
決勝進出を果たし、
いやがうえにも
大阪決戦が現実味を
帯びてきた。
北陽は新田相手に
中盤に逆転をし、
このままいくかと思われたが、
8回裏に2点を返され、
同点に。
試合は延長戦に入ったが、
とうとう延長も17回になり、
最後は新田の池田が
サヨナラホームランを放つ。
大阪決戦は夢に終わったのだが、
北陽のエースの寺前が
本格派でありながら
変則的なフォームだったのが
おもしろかったし、
周りのチームメイトも
一所懸命に寺前を盛りたてていた。
また、敗戦後の松岡監督の
コメントが良かった。
「新田さんは素晴らしいチームでした。
セカンドの西田が両ひざを痛めているのを
分かっていても、
プッシュバントなどせずに、
正々堂々と戦ってくれた。
ありがとうございました」と。
その後、松岡監督は勇退し、
教え子の新納監督が引き継いだ。
平成6年には
嘉勢(嘉は漢字が違う)を投打の柱に
春夏連続出場した。
平成11年の夏には、
大阪大会準決勝で
激闘の末、
PL学園を倒し、
決勝で
全員2年生以下の
上宮太子を下して、
選手権大会に出場。
最近では
平成19年の春のセンバツに出場。
昨年の夏の大阪大会も
対戦相手に恵まれたこともあったが、
決勝に進出した。
とまぁ、
現在の大阪は、PL学園と大阪桐蔭の2強が
中心で、
北陽が隙を突いて出場する、
例えば、秋季府大会で3位までに入り、
近畿大会でベスト4に進出し、
センバツを狙う、
といったところがチャンスかもしれない。
平安と同様に純白のユニフォームで
好感が持てる。
負け方も非常に美しい。
これからは甲子園に出場する機会は
少ないだろうが、
頑張ってもらいたい。
次回は、宇都宮学園(現・文星芸大付)である。
お楽しみに。
北陽