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white-clematisのブログ

映画鑑賞や読書や展覧会など、印象に残った記憶にとどめたいことやほかの人に紹介したい出来事を写真と文章で記録するブログです。

近くの図書館の2階で毎月1回開催される一般映画会で、マリリン・モンローの「バス停留所」を観た。
小さなスクリーンにプロジェクターで映し出されるのを、地域の人たちと小さな椅子に腰掛けて鑑賞するのだ。
途中で1回折返しの中断があった。

縦長の画面にややピントが甘いのがつらいが、吹き替えでなく字幕なのがうれしい。
映画初出演のドン・マレーや30歳のモンローの肉声で、このブロードウェイ・ヒット・コメディのラブストーリーを楽しめた。

作品はモンローが単なる肉体派から演技派女優への脱皮をはかって舞台を経験した後のハリウッド復帰作品で、単純な筋立ての割りに、なかなか微妙な女性心理の変化を巧みに演じている。
http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=7320

モンタナの若き牧場主のボー(マレー)は粗野なカウボーイで、先輩のヴァージル(アーサー・オコンネル)の手引きで、フィニックスで行われるロデオ大会に出場するため、二人でバス旅行にでかける。途中世間知らずでマナーに無知なボーは周囲と衝突するが、ヴァージルにたしなめられ、女を知れと諭される。

二人はフィニックスのホテルに逗留し、翌日の大会に備えるが、ボーがシャワー付きバスに感動しているうちに、ヴァージルは向かいの酒場の窓辺にいるシェリー(モンロー)を見て、酒場へ出かける。

借金を抱えながらも将来のハリウッド入りを目指すシェリーは歌手とは名ばかりで、客にウィスキーと偽って紅茶を何杯もおごらせるような仕事を嫌々やらされていたが、ふらりと入ってきたヴァージルにそれを見抜かれてしまう。

ステージが始まった頃に後からやってきた、ボーはシェリーに一目ぼれして、俺のエンジェルだと確信するが、満座の客がシェリーの歌を聞かず、おしゃべりしているのに憤慨してテーブルの上に乗って全員を黙らせてシェリーの歌に注意を向けさせる。

強引だが純朴なボーのふるまいに困惑しながらも、好意を感じてシェリーは止められているのに、二人だけで外に連れ出されてしまい、キスされて結婚話まで・・・

以下の展開は上掲のキネマ旬報のリンクを開いてください。
現代ならKYでほとんどストーカーのような、単純でマッチョなボーが、何とか逃げ出そうとするシェリーを一方的に婚約者にし、モンタナの牧場に連れ帰ろうとする筋立ては問題外だが、最後のどんでん返しにいたるプロセスはよくできている。

グレース(ベティ・フィールド)やヴァージルの助けで逃走の段取りをつけるが、大雪のため万事休す。運転手カール(ロバート・ブレイ)がかねて気がある女主人とその娘のカフェのあるバス停留所で、全員翌朝まで足止めとなり、二人の口論にヴァージルが割って入り、元レスリング選手のカールにボーを打ちのめすのに加担するよう依頼する。

散々殴られてヴァージルにみんなに謝ることを約束させられ、初めて自己中心的であったことに気がついて、シェリーにも心から詫びて別れのことばを・・・
そこでどんでん返しである。

ドン・マレーの初々しいが大味な演技と、モンローの憂いを帯びた色香に、微妙な心理の変化を表現する陰のある表情が妙にマッチする。
それより、一貫してこの映画の流れをコントロールしているのが、脇役のアーサー・オコンネルの落ち着いた演技である。古きよきアメリカのアンクルサムの典型というべきか。

なお、フランス読みでシェリーと呼んでくれというのにボーはチェリーと呼んで不興を買うが、ボーの本名はフランス生まれの母親が名づけたボールガールというので、本人は嫌がっているようなやりとりがあった。
この時代の南部のこのあたりにはフランス文化の痕跡がうかがえるのも面白い。


ロデオ大会のパレードの場面など、現在の東京ディズニーランドにそのまま継承されたかのようだった。