陽の落ちるのが、一段と加速してきたのではないかと疑ってしまうほどに


太陽は早々と姿を隠してしまう。



月は好きだ。


白くて丸くて柔らかい光がほんわりとした気持ちにさせてくれる。


ただ一つの問題は


日が暮れると視覚がぐっと落ちてしまう私のこの体質それだけなのだが…。




                        tuki

薄闇が迫りはじめた苑の中に、一つ、また一つと小さな行灯が順にともっていく。

浮かび上がった朱色の光が石段を照らし

歩みを進める人々の声が次第に近づいてくる。

慌しく働く半被姿の男たち

浴衣の袖を襷に縛った女たち


やがてどこからともなく笛の音がひかる地面から滲み出してくるころ


薄墨を流しはじめた苑の中に、無邪気な笑顔が一つ、また一つとともっていく。

翼を大きく伸ばして苑を一望に眺める


無数の紅いほたるのような灯と


歓楽の舞う広場


頭に白いものを混じらせた齢の頃の人間の男が、長い髭を紙縒りでゆわえてしずしずと歩く


苑に実った作物は彼が捧げ持つ蔦籠の中にきらきらと納まり


豊かであったこの年を凝縮した姿そのものであるように見えた。


社の屋根にゆっくりと足を降ろした私は、彼らの瞳が集まるのを待ってから、ひと声ないた


彼らは雷を受けたかのように瞬間体を震わせたが、


耳朶に波紋を起こした低音が体の隅々に染み渡りじんわり手指を暖めたとき

歓声と楽奏が夜空に向かって破裂した。


人の姿を模した私が社へ入ると、神主と呼ばれる初老の男は膝をついて深く礼をし、それから半身を開いて手の平を上へ向け彼の隣を示した


その笑顔には恐れも侮りも無く、ただ喜ぶべきことを共に喜ぼうとする人間のそれであったから


眸で返礼を返すと大股に板の間を横切って、茣蓙座布団に腰を下ろした。

すかさず側に控えた若い娘が黒い瞳を輝かせて盃を渡してくれる


神主が、『枯れずの徳利』 を持ち上げて、白いものの混じった髭の中から微笑んでみせた。


悪戯者の目が、一抱えも有る規格外な盃に、なみなみと酒をそそぎながら言う


「今日は負けませんよ、字伏殿」


だから私はそれを一息に飲み干してこう 言うのだ。


「応。 のぞむとこや」





護りの鴉と祈りの主

果てることなき酒をば肴

秋の実りの歌踊り

祭の夜は  暮れてゆく

この世界に生きている者たちの間では、


自身の肖像画を持つことが、歓びの一つになっているそうだ。


…「いるそうだ」といっても、私もその歓びに魅せられた者の一人であるのだから、全くもって自分事なのだが。


私の容姿を写すのは、難しいか?


いつだったか、

そう友人に尋ねてみたことがある。


彼は、少しだけ眉を寄せて空を見上げ、それから私の顔を正面からまじまじと見つめて言ったものだ


「腕が未熟だと、難しいかもな」


そんなの、何だってそうだろうが。


呆れて言うと、彼は肩をゆすって小さく笑い、後には何も続くことはなかった。



――――――――――――――――――



八穂苑から一翼。

大聖堂へと通ずるシフトポータルを抜けて

賑やかな繁華街に林立する商店をひやかし歩く。

絵師の一団が寄り合う一角に、面白い看板を見つけた私はそちらへ足を向けた。

蔦のはっていない壁を背に、管理人はにこにこと道行く人々に呼びかけている。

看板にはこうあった。


『無料顔絵で運試し!』


システムは、自分の詳細を書きそれを後ろの壁に貼り付けておくだけ。

そしてそれを見た絵師が、自分が描きたいと思う人物を描きその絵をこの場に残してゆく。

絵師の目にとまればよし、そうでなければメモが雨風を吸いこんでいってしまうだけ。

まさに自分の運が試される場だ。


元来面白い物好きの私は一も二もなく詳細を、管理人が渡してくれた小さなメモ紙に書いて、大きなひび割れの目立つ石の上にそれを貼り付けた。

私は一歩後退すると腕組みをして、自分の目線よりもやや上にある紙を眺めてみた。

ちょっと斜めだろうか。

更に一歩後退し、かしわ手を打って一礼。


どうかどうか、絵師さんの御目にとまりますことを


あわせた掌の指を組み合わせてぎゅっと握り、顔を上げた。

さあ私の運は、どうだろう?

期待と不安を交互に心に浮かべながら、私はその場を後にした。


―――


私が去ったあとの壁際に、黒い片翼を持った男性が佇んで、字伏と書かれた小さなメモを眺めていた。


―――


数日後、壁に貼られた紙を見たと、 黒翼のギィ から伝言が届く。

嬉しくてありがたくて信じられなくて、即座に飛んだあの壁際に一枚の肖像画を見つけて

その瞬間

私は心を奪われ、彫像になった。

かりかりと木の実を齧る、せわしなくも規則正しい音がひっきりなしに聞こえてくる。


合間合間に、プチン、という何かを噛み切った音がして


食べているのだな


と思いが及ぶ。


アルビナ という名のエルフの女性が経営するお店を覗くと


一心に種子にむかうしろいねずみの姿にふと目が釘付けになった。


頭が大きく、手足は小さい。


アンバランスな胴体からちょろりと伸びる細い細い尾。


種子を飲み込むたびにその尾が床を叩いて喜びを訴えている。



ろくろく育て方も種類も、聞かずに譲り受けてきてしまったのだけど

しろねずみ――――――フェアリィ、は元気にテントの外の探検を続けている。



暫らくの後に、店主の アルビナ が私のテントまでやってきてくれた。


彼女の喋り方を聞いていると、私の口調と似通っているところが多く発見されて、とても楽しかった。


――「おとろしわして?w」


もしか、私の生まれた地がどこなのか分かるのではないかと思ったが、彼女は行商を続けている商人なのだそうだから

私とは発生が違っているかもしれないということに、後になって気付いた。



しろねずみは草の実を思い切り食べて満腹になったのか、

わずかに青さを残す葉の下に、丸くなって眠ってしまった。



風の道。

日々、旅。

ふああああ…


欠伸を納め、みじろいだついでに母者からもらった徳利を振ってみたけれど、中からは一滴の水分の動く様子も伝わって来ない


もう、無くなったのかぁ

足さなくちゃぁ


もう一度、大あくびをして腕を伸ばすと、体温で暖まっていた両翼が夜明け前の冷たい空気で緊張を取り戻す


二度三度はばたかせて抵抗を確かめると寝床から一気に飛び降りた


崖の上の仮宿から滑空


みえるのは、アクアマイトの大海原


黒々と広がる海面すれすれを滑るようにはしり、星を確かめて南へ進路をとる


ふと左目を、強い光が射抜いた


夜明け


生まれたての光が遮るもののない海原を一瞬にして黄金色に染めた


今日は快晴


風は陸寄り


塩辛い朝の空気と世界を照らす光をむさぼる体躯に、次第に力が満ちてゆく


さあ、


一日のはじまりだ