昨日の夜、めずらしく私は寂しくて、特に好きでもないある人に会いたい、話をしたいと思っていた。

それから一度だけ雨の日に、一緒にカレー屋に行ったことを思い出して、2人とも傘を差しているせいで距離が取りづらくて、話をしていても集中できなくて、でもその人が新宿のせまい道をお構いなしに先に行ってしまうので、私は『不親切だなぁ』と思っていて、店内、笑ってくれたこと、何かについて考えているとき私を全然見てない視線のこと、真剣と冗談のスイッチが切り替わった瞬間のことなど、寄せ集まった断片にぼんやりと包まれた時間を映像にしていたら、その時間は切り取られて現在とは別のところに置いてあったので、どんどん寂しくなった。


その人は、たとえば、目の前にいて、視界の中にちゃんといるのにそこにいない、会っても会っても、いつもどこにもいない感じがするので、昨日もどこにもいない気がして寂しかった。

「その人」と「その人以外」がまったく同じ質量になって、「その人以外」の中には私も入っているので、私は傲慢にも、「その人と私」と「それ以外」になれたらいいのにと思った。

そんなふうに思うことなんてなかったはずなのに、「あの人も自分と同じくらい寂しくなってくれたらいいのに」と思ってしまった。


今日になって、そんな気持ちは嘘だったかなぁ?でもまたいつか同じような気持ちになったらどうしたらいいかなぁと思っている。