3/10(日)京都マラソン参加して来ました。
目標の自己新記録は、失敗。
3時間23分58秒にてゴール。

まー記録にコダワル、吾輩としては、過去の己に
また負けた。ま~終わった事は、どうでもエエ。
今回の反省を次回にイカそう。

3/9~3/10は「チーム生麦」メンバーと楽しく過ごせ
思い出に残る、二日間だった。

当初、誰とも(仲間)会うことなく京都マラソンには参加する予定だったが
急遽「チーム生麦メンバー」と京都で時間を過ごす事になった。

「嬉しい誤算」とは違い、トコトン3/9と3/10を楽しんだ♪
大好きな仲間と、一夜過ごすのは、メッチャ楽しい(*´∀`*)

京都マラソンは8時30分スタート。
前夜、それなりに呑んだ拙者には、色々キツかったケド
全て、満足な記憶になりました。

京都マラソン実行委員会、ボランティア、沿線住民の皆様
ありがとうございました。
3/10、楽しく走りました。感謝。来年も参加希望。
早くも、12月中旬。
こないだの日曜日、さのマラソンに出場して来た。
拙者にとって、2013年最後のレース。

珍しく前日12/8(土)から気合が入っていた。
夜飯は、炭水化物を多めに食べ、寝る。
12/9(日)朝5時前に起き、5時半の列車に乗車。
東の方を見ると、雲のない状態で太陽が…夜明けだ。

朝から快晴。列車を乗り換え佐野駅到着。
無料送迎バスで会場へ。
9時前に会場入して、受付を済ませ、走る準備。

10時、42.195kmスタート。結構後ろの方から走りだした為
周りが遅い。6km付近まで抜くこが、出来ない。37分を過ぎていた。
徐々に、追い抜けるようになり、10km過ぎてから気合を入れ走り始めた。

ほかの大会では、前半軽く走るのだが、今回は2012年最後の為
惜しまずガンガン走った。そのせいで20km過ぎから、ふくらはぎは攣る手前の状態。
そもそも練習不足。中間地点(21.0975)1時間38分位で通過。
なんとか3時間20分切りを目標に、走り続ける。

沿線の応援は、多くはないがうれしい。
今回も「カエルの被り物」装着し走った。
子供からは、好評♪

30kmを過ぎ、足に疲労感が。ふくらはぎは、ピクピク攣り始める。
体力は問題無し。ジャガ足に力を入れると、「攣る」ヤバッ!
精神面良好、体力余裕、天候晴れ。デモふくらはぎが、故障寸前。

特に左足のふくらはぎが、攣りそう。
1km4分30秒前後で走っていたが、35km付近で少々失速。

以前の吾輩なら、そのまま速度低下してゴールするが、今回は違った。
初めて100kmを走った時を、思い出し「あの時はもっとキツかった」
それでも79km付近から復活した時を思い出した。
その他にも、色々な過去の思い出が錯綜し、自分勝手に「吹っ切れた」

「走る」走る為に、佐野市へ来た。そして「今日という日に悔いは残さん」
単純な理由で、最後まで走りきった。
記録:3時間13分57秒
今年一番の記録。2012年14回目のフルマラソン。
人生27回目の42.195kmレース。

次のレースは、2013年1月27日第61回勝田全国マラソン

さのマラソンは好きな大会の一つ。このような表現すると
「嫌いな大会」あるのか?とツッコミがあるかもしれませんが、
酔っ払い太郎に、嫌いなマラソン大会は有りません。
走る事が好きな、オッサンですから。余談デシタ。

本大会の運営・実行の皆様、ボランティアの皆様、
そして沿線の皆様、応援してくださった皆様、ありがとうございました。
2013年も佐野市へ伺います。
ありがとうございました。
(=^0^=)
11/23(金)からの三連休の思い出を記載。
11/22(木)23:05発の夜行バス「ドリームふくしま・横浜号」乗車。
11/23(金)朝5時前、郡山駅到着。始発列車に乗る為、駅周辺をふらつく。

郡山駅でJR東日本の「小さな旅ホリデー・パス(南東北フリーエリア)」2,500円を購入。
チャーターバス集合場所の「一ノ関駅」は、フリーエリアの為、購入。
普通列車で福島駅へ行き、乗り換え仙台駅へ。
久しぶりの仙台駅。駅前をブラブラ。空は曇。

9:13発快速「仙台盛岡ジパング平泉号」乗車。
この列車11月[土日祝]限定運行。
11:01一ノ関駅到着。初めて「一ノ関駅」にキタ━(゚∀゚)━!

大会案内に「現地入前に、なるべく食料補給」とあった為、おにぎり、パン等など購入。
アホな事に「西口」に居たオイラ。集合場所「一ノ関東口」を見落としていた為、急いで移動。

バスに乗車し陸前高田へ向かう。バスの中で、津波に襲われる映像を見た。
津波と言う、大量の海水が街を飲み込む。
車、家が流される。
映画では無い、現実の映像だ。

映像を見ていると、フト「もう会えない人」を思い出す。
震災直撃で、亡くなった友人は居なかったが、人の死は悲しい。
今回、東日本を襲った津波に対し、人が「想定した対策」は無力だった。
生きている限り「出会いより」別れが多くなることは無い。

被災地は、突然「別れ」が現実となった。
今回、大船渡で被災した方の話を聞けました。
街が津波で、襲われ、家まるごと失う。
津波は「引いて」行く時も、建物を壊して行く。

バスは気仙沼に入り、陸前高田を目指す。
初めて来たが、海に近い場所は、壊れた建物が残り
痛々しい。津波で流された大きな船が、地上に居座っている。
映像では、見たことあるが、現地に行ってオイラの瞳に映る。

津波で壊滅状態の街では、電気、ガス、水道、電話などインフラが利用不可能。
そのような状況で、水道が利用できないのが、一番不便と言っておりました。
確かに、水は重要だ。

仮設住宅、仮設店舗、新たな街の姿となり、生活している。
復興は先が長い。

バスは、気仙大工左官伝承館到着。
「希望の灯り」分灯。その後、米崎小学校へ走る。
小学校のグランドは、仮設住宅。

前夜祭が有り、古今亭 駿菊さんの落語を堪能。面白かった♪
軽く、飲食後ランナーは、各寝泊り場所へ。
オイラは大船渡で一泊。
初対面のメンバーだが、一杯呑みへ行く。

仮設店舗へ入店し、初めて会う人だが楽しい時間を過ごす。
翌日、朝5時前には出発の為、早めに寝る。

11月24日(土)朝まだ暗い。6時、仮設住宅に住んでいる人が応援して下さり出発。
天候は、曇。気温は2度。風は気にならない。
国道45号を北上する。

おおふなと夢商店街で休憩。食事を頂く。うまかった。
現地の方のお話を聞いて、再出発。
第4エイドを出発し、上り坂が続く。標高320m位まで上り三陸トンネル通過。

のんびり走り、昼頃から、晴れてきた。
たまに、走行している車から、応援してもらったり、
沿線の人が手を振ってくれる。おいらは手を振りながら走る。

釜石市へ入り、ゴール手前から薄暗くなってきた。
16時半頃56km走りゴール。
その後銭湯へ行き、後夜祭参加。

釜石中学校から、移動し仮設店舗へ
走り終わったランナーと一杯呑む。
幸福の瞬間。名残惜しいが翌日11/25つくばマラソン参加の為、
21時、夜行バスに乗車。

もっと詳しく書きたかったが、長いので割愛。
主催、後援、協賛、頂いた皆様。ありがとうございました。
地元ボランティア、応援してくださった皆様、ありがとうございました。
アリガト!(´▽`)