今日目覚めたときに思ったこと。
それは何か。
死ぬまでに何かしたい。
生きているうちに何かしたい。
一昨日仲間と話していたら、日本の外国人の話になった。
俺としては仲良く暮らしたい。
だから日本の良さ知ってもらいたい。
その近道は何かと言うと、ズバリ日本語だと思う。
自分は日本語教師になりたい。
外国人が外国文化を持ち込む。
それもいい。
郷に入っては郷に従え、が真理である。
そのガイド役になりたい。
日本語を教えること。
その事は特に大きな問題ではない。
日本語を習得して外国人がどう変わるのかを見てみたい。
言語は思考を司る。
日本語は結論が最後に来る。
だから途中はその先がどうなるのか、期待しながら聞く。
落ちを聞く。
また、ズバリに言う、ではなく、普通に言っても結論が後なので、なんだか柔らかく聞こえる。
気配りの言語である。
思いやりの言語である。
なぜ外国人の思考を変えたいのか。
何に変えたいのか目的は何か。
ここまで来て結論がやっと出るが、
移民を移民でなく日本人にしたい。
それだけです。
移民の問題と言うのは、その地域、その人種、出身の違いによって、同質の仲間と1つのコミュニティーを作ってしまい、排他的になることである。
排他的すなわち外からの干渉を遠ざけること。
ただそれは日本と言うほぼ単一民族のいる場所で形成されるのである。
その中での排他的集団。
それは日本にとって困るのである。
何故か。
まずは、集団の優先順位、価値観が違う。
順位でいうと集団によっては
宗教、思想。
自分。
家族。
コミュニティ。
となる。
景気が悪く、世の中が貧く、国内の生活に困ったときに誰を1番に助けるか。
家族、友人。である。
同じコミュニティのメンバーに決まっている。
では貧困が発生した場合、何がどうなるか?
生き抜くために、法を犯す。
違法に稼ぐ。それは、生きるため。
生き残るため。
正当化がはじまる。
それが代々続くと間違いなく犯罪集団すなわちギャング化する。
それを未然に防止するために、コミュニティーを作らせず、移民を移民とせず、日本人化して、日本人社会に溶け込んでもらう。
分断を避けることで、そうすることで、犯罪は減る。
ギャングは生まれない。
すなわち、日本語を深く理解し日本人化して行く事で排他的なコミュニティや貧困化集団、ギャングを産まない日本にする。
そのことに取り組む事を残りの人生の生き甲斐にする。
そんな事を、ランニングしながら思いました。