18年越しの女子会 | R&B Style (♡B命♡)       

18年越しの女子会

 

 

 

会おうと思えばいつでも会えたのに・・・

私達には、私達にしか分からない暗く切ない過去がある

 

 

 

 

 

先日の日曜日、女子高時代の友達と会って来ましたおねがい

 

 

 

 

 

東京在住が2人、横浜在住が2人なので

間を取って川崎で待ち合わせニコニコ

 

 

 

 

 

私も合わせて4人、このメンバーで会うのは、なんと18年振り

皆、38歳のお年頃の割に・・・若くて素敵で焦った焦ったアセアセ

 

 

 

 

 

 

18年の間、どんな人生を歩んでいたのか、それぞれ報告し合ったり

これから先の人生のビジョンを語ったり・・・昔を懐かしんだり

笑ったり泣いたり、それぞれの悩みや考えなんかを共有した

 

 

 

 

 

 

高校の頃、私達は6人グループでした(その内の4人で会った)

今回来なかった2人の内の1人は

私の結婚式で会って以来連絡を取っていません・・・

(連絡先が不明になった為・・・)

 

 

 

 

 

 

そして、もう1人の子は・・・

もう会う事も出来ないし、声を聞く事も出来ないし、連絡も取れない状況です

 

 

 

 

 

彼女が理由で、私達は会いたくても会えず

18年もの月日が経ってしまったんです

 

 

 

 

 

 

今から20年近く前の事・・・

 

彼女が当時お付き合いをしていた彼氏が、大学の休みを利用して

2カ月間住み込みでスキー場のアルバイトをしていました

 

彼が自宅を留守にしている間に、部屋の掃除や植物のお世話をする為

彼女は何度か足を運んでいました

 

 

 

 

 

その日は非常に寒く、雨が降っていました・・・

傘をさして駅まで向かう途中、青信号で横断歩道を渡っていた時に

信号を無視して突っ込んで来た黒いワンボックスカーに撥ねられました

 

目撃者によると、30m程飛ばされ・・・地面に叩きつけられたそうです

 

 

 

 

 

 

そのまま彼女は目撃者の通報で救急搬送され、集中治療室に運ばれましたが

車は彼女を撥ねた後も、停車する事なく逃走していきました

 

相当な衝撃だったはずなので、車も大きなダメージを受けているはずだし

人間にぶつかったと言う認識もあったはずなのに・・・

助けようともせず逃げていきました

 

 

 

 

 

 

翌日、事故の詳細、危篤状態だと言う知らせを受けて仲間が病院に集まりました

 

 

 

 

 

 

頭を強く打っており、脳が酷い状態だと聞いた時には・・・

希望が見えず、絶望しか感じなかった

(搬送時、頭蓋骨が割れて脳が見えている状態だったらしい)

 

 

 

 

 

ビニールで囲われた無菌室の中で

沢山の管が彼女の命を繋いでいました

 

 

 

 

 

 

今日、明日が峠だと医師はいっていたらしいけど

彼女は驚異的な生命力で頑張り

意識不明が1カ月半続いたのち、奇跡的に目を覚ましました

 

 

 

 

 

それまでの間、私達はチラシを自主制作して事故現場や周辺の駅に立ち

チラシを配って事故の目撃者、破損した事故車の目撃情報を集めようとしましたが

有力な情報は得られず・・・そこでも無力さを味わいました

(もちろん警察も動いてくれていましたが、真冬の夕方で

目撃者が非常に少なく、防犯カメラの設置なども少ない時代でした)

 

 

 

 

 

その後も犯人は見付からず・・・20年経った今も捕まっていません

犯人が何処かで普通に生活をし、事故の記憶も薄らいできているのかと思うと

非常に悔しく、とても辛い気持ちになります

 

 

 

 

 

その後、彼女はリハビリを頑張り、歩行が出来るようになり・・・

ご飯も口から食べられるようになり、会話も出来るようになりました

 

 

 

 

 

 

でも、温度感覚の麻痺や体温調節の障害、記憶障害

言語障害、歩行障害、高次機能障害など、他にも様々な障害が残ってしまい

見た目も性格も、彼女の全てが変わってしまいました・・・

 

 

 

 

 

 

半年程経ち、彼女が無事退院し自宅を見舞った際には・・・

真夏なのに厚手のセーターを着て、締め切った部屋でこたつに入り

汗1つ掻かない状態でした

 

 

 

 

 

 

小柄で細身で、いつもオシャレで、憧れだった彼女が・・・そこには居なかった

体型は2倍くらいに太り、髪もボサボサで、1分前に話した会話も覚えていなかった

 

 

 

 

 

 

そんな彼女が、唯一鮮明に記憶している事がありました

それは、高校時代の6人で過ごした楽しい記憶だったそうです

 

 

 

 

 

毎日朝から晩まで私達の名前を出し、笑顔で楽しそうに話をしていたみたい

私達はその話を聞いて、嬉しくて胸が締め付けられ、とても感激しました

 

 

 

 

 

 

彼女は昔から頑張り屋さん、頭も良く、美しく、親切で穏やかな人だった・・・

自慢の娘だっただけに、ご両親のショックは計り知れません

(高額な治療費の為、住んでいた高層マンションを売却、関係悪化で両親離婚)

 

 

 

 

 

 

そんな娘の友達である私達を見るのが苦しかったんだろうな・・・

 

私が結婚した際には・・・

うちの娘は結婚なんて一生出来ないのに、マチルダさんは出来るんだもんね

 

友達がこんな状態で、よく結婚出来たわね・・・と言われ、苦しかった

 

 

 

 

 

 

子供が生まれた時もそうだった

 

 

 

 

 

 

 

他の友達も結婚や出産の時には、同じことを言われたらしい

 

 

 

 

 

 

 

仲良かったグループで、自分の娘だけが取り残されている感じがしたんだと思う・・・

娘の事を不憫に思うがあまり、我慢していた感情を口にしてしまったんだと思う

彼女のお母さんは・・・ただ、素直だっただけ・・・なんだと思う

 

 

 

 

 

 

私達はそう受け止めたけど、なんとなく5人で居ても笑えなかったし

彼女を想うと笑ってはいけないような気がしていた

 

 

 

 

 

 

私の結婚式には彼女以外みんな来てくれたけど

それ以降・・・そのメンバーで会う事はなかった

 

 

 

 

 

 

彼女に会いに行く計画が何度か上がったけど

お母さんの許可が下りず、結局会えなかった

 

 

 

 

 

 

数年前、あれから時間も経ってるし状況が変わってるかも・・・と思い

私が勇気を出して彼女の家に電話をしたところ、お母さんが出た

 

 

 

 

 

彼女はその後、障害者施設の作業所でボールペンの組み立ての仕事をしていたらしい

自分で電車に乗ったり、バスに乗ったりして、1人で行けるまでになったのだとか・・・

 

でもある時、電車のホームに設置してある鏡を見てしまい

映った自分の姿に衝撃を受け、パニックを起こして以来1人では出歩けず

数年に渡ってお母さんが付き添い仕事に出掛けていたらしい

(自宅には鏡は1つもなく、窓ガラスも反射しない物を使用)

 

 

 

 

 

 

そしてある日、自宅でテレビを観ていた時・・・

 

出演していた数人のタレントさんの名前が私と

グループ内のもう1人の子と被っていた時

急に昔の事を思い出し、懐かしんだのち・・・

パニック障害の発作に襲われて大暴れ、大変だったそうです

 

その後は・・・仕事にも出掛けられなくなってしまったんだとか

 

 

 

 

 

だから、もう私達の事を思い出させたくないし、記憶から消させたい・・・と言われ

今後、2度と連絡をしないで欲しいし、何処かで見掛けても声を掛けないで欲しい

他の友達にもそう伝えてくれと言われました

 

 

 

 

 

 

切なかったけど、彼女の両親の事を考えると

言い返す言葉が見付からず、了承して電話を切った

 

 

 

 

 

以前、病院にお見舞いに行った時、お母さんが言ってた言葉

『死ぬより悲しい、死ぬより辛い、これからどうしよう・・・』

 

 

 

 

 

 

 

私は何も・・・・してあげられなかった

どうする事も出来ない悔しさ、寂しさ、切なさ

 

彼女を助けられないんだったら、せめて犯人を捕まえたかったけど

そのどちらも叶わず、38歳になってしまった

 

 

 

 

 

 

みんなそれぞれ責任を感じ、様々な思いを抱えながら過ごした18年間

 

 

 

 

 

 

私達が集まる事、彼女のお母さんは納得してくれないとおもうけど・・・

気を使って集まらないのもどうかな・・・と思い、再会に至りました

 

 

 

 

 

会って・・・良かった

 

本当はずっとずっと会いたかった

 

 

 

 

きっと、これで良かったんだ

彼女の存在は無視できないけど、きっと彼女も仲間が再会する事を

喜んでくれるような気がするから

 

 

 

 

 

 

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友達の子供も居たので、騒いでもいいように個室でランチ

夜は居酒屋になるお店なので、メニューも居酒屋感満載・・・

 

 

 

 

 

次は個室に拘らず、もっと良い所で食べようって事になりました

 

 

 

 

 

 

集まる人数は減っちゃったけど・・・

今の仲間を大切にしていきたいと改めて思いました

 

 

 

 

 

あの頃、私達の未来にこんな試練が訪れるなんて全然知らなかった

彼女に会いたい、声が聞きたい、触れたい、また、一緒に笑い合いたい・・・

 

 

 

 


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今から21年前の事、ピロリと出会った時代はポケベル全盛期でした

でも私は持っておらず、連絡の手段が自宅の電話しかない為、学校では彼女のベルを

借りてピロリと連絡を取っていました

 

ただ、それを知らなかった当時のピロリ・・・まだお付き合いをする前の

とある夜、『コンドアイタイ』ってピロリ君からメッセージ来たよ!と彼女から電話が来たので

どうしよう・・・と困っている私に『イイヨ』って勝手に返事しちゃった音譜(その後、私もベルを持った)

 

と言われた事から、とんとん拍子で会う事になり・・・お付き合いするに至ったわけです

だから、彼女が居なかったら、ピロリと結婚する事はなかったと思うし、子供達も居なかった

 

私の事をいつも心配して見守っていてくれた彼女、彼氏が出来たー!

とピロリの事を報告した時には、泣いて喜んでたから、結婚するって言ったら

きっと、誰よりも喜んでくれていたんだろうな・・・って思う

 

彼女は命を落としたわけではないけど、私は交通事故で大切な親友を失いました

車は・・・間違いなく凶器です。皆さんも気を付けて車に乗って下さい。

そして、くれぐれも交通事故に遭わないよう気を付けて下さい。