自分の生きている世界は案外小さなもので
それでもその世界を目配せするのは自分であるから
大きく感じるわけであって、
自分の感性を動かす事柄があると、
その対象の人、モノをとても敬い
時に嫉妬し、時に執着する。
だけれども、それは己にとってであって、
自分一個人以外には取るに足らないことでもある。
例え共有していたとしても。
自分は
自分の周りにいる人たちよりも明らかに
熱しやすく、執着しやすい。
振り返ってみて後悔はしたことがないから良いのだけれど、
やり過ぎたかしらと、苦笑程度はすることがある。
好みも、影響も、
人それぞれだから共有はしたいが、強要はする気はないけれど、
あわよくば一緒に笑えたら良い。
その人は、そのモノは、
私の世界を変えたけれど、
私以外の世界を多大に変えたわけではない。
時の流れの中で世界を動かしていく人物もいるけれど、
それは少数であって多数ではない。
だけれど、これはもう錯覚でしかなくて、
自覚もしているけれど、
貴方が私の世界に変化をもたらしてくれた事実が
私の中で大き過ぎて
人類の世界にまでも変化をもたらした
と、いう錯覚。
自分の世界の変化なんでモノは関わった人々の間間での変化なのに。
発信する側と受け取る側での世界の変化も規模が違いすぎる。
出来ることなら私の世界に変化をもたらしてくれた方の世界も私によって少しでも変化のきっかけになれたらいいな、と思う次第。