まずはギターに没頭した。

エレキギターに憧れたが、それは親に買ってもらえなかったので、安価なフォークギターを買ってもらい、日々弾き鳴らしていた。

ピアノをやっていたので譜面はある程度読めたし、コードを覚えたら後はひたすらいろんな曲をコピーした。

と言ってもそんな楽しみを分かち合える友達はいなかったので、一人で練習していた。

 

ピアノも継続してやっていた。

週に一回ピアノ教室に通っていたので、まあまあ上達はしていた。

2年生の時に、校内で合唱コンクールがあり、ピアノで伴奏をやって伴奏者賞を受賞した。

私の人生の中で一番自慢したいことと言ったら、これかも知れない。

 

とは言え自分にそれほどの音楽的才能があるとは思っていなかった。

だからそれを将来の職業にしようとは全く考えていなかった。

しかし周りから理解されない度、うまくいかない度、音楽に逃げ込むことはよくあった。

現実逃避だが、俺には音楽があると思って辛いことから目をそらし続けた。

音楽が私の精神的な支柱になっていたことは間違いない。

 

音楽と並行して、小説もよく読んだ。

何を読んでいたのか、あまりよく覚えていないが、本を読むというのは集中できる時もできない時も、自分のペースで読めるから好きだった。

恥ずかしながら、何本か自分で小説を書いたこともある。

 

将来は小説家になりたいと思っていた時に、ちょうど担任教師との二者面談で将来就きたい職業を聞かれたので、「小説家です」と答えた。

担任の教師は「漠然としている」と一蹴した。

公務員とか答えておけば喜んでもらえたかもしれない。

 

何が言いたいかというと、このころの私にも「やりたいこと」があったのだ。

ところが三年生になった途端に、それらを全部やめて、否応なしに受験戦争に巻き込まれるわけなのだが、それがそのころの私には苦痛で仕方がなかったし、今考えればわざわざ自分の得意でもないフィールドで勝負することが無駄だったように思えて仕方がない。

何をするにも勉強は必要だとか、高校くらい行かないと働き口がない、みたいな意見もあるだろう。

健常者の場合はそうかもしれない。

だが私のような発達障害者にとっては、得意なことを伸ばすことが唯一の延命策であり、それを取り上げられた瞬間に健常者と同じ土俵で戦わなければならない、つまり勝ち目なし、ということなのである。