黒澤明監督
三船敏郎主演
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10年ぶりに見た。以前は結末にピンと来なかったが、今回はわかったような気がする。
物語の結末で、誘拐犯の医学生は「なぜ犯行に及んだのか」という問いに対し、
「地獄のような貧乏の自分には、山の上の豪邸のあんたが天国に住んでるように見えたんだ」
と、格差を憎んでの犯行だと述べる。
それに対し、三船は「医学生のお前が地獄なのか?」と疑問を口にする。
すると犯人は再び口をつぐんでしまう。。。
このようにストーリー上では、犯人の動機がはっきり示されない。
ただ、今回改めてみてみると、本当の動機がわかってきたので以下述べていこう。
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結論から書こう。犯人は三船敏郎演じる権藤の子供に成り代わりたかったのだ。
それがわかるのは、まず死刑の直前に三船を呼びつけた点だ。死ぬ前に嫌いな人間を呼び寄せたりしないだろう。何等かの好意があるのは間違いない。
では、どこに好意を感じたか?
それは、この作品全体を通して示される子供への無謬の愛情である。
犯人はいつも山の上の豪邸を見ていたと作中の脅迫電話で述べていた。
彼らは可愛がられ、おもちゃを与えられ、「男はこう生きろ」と父親としての人生訓も与えられる。
そして現に権藤は自分のキャリアや財産が潰えるリスクを冒して、誘拐犯に金を渡すのだ。
誘拐犯がなぜ子供を誘拐したか?それは親の愛情を試す子供の行いだったのだ。
なぜ犯人が愛に飢えていたか、というと手の傷のことがある。
あの傷を見ると、両手に先天的障害を抱えていた宮崎勤を連想せざるを得ない。宮崎は逮捕後の取り調べで「自分が女性とまともに会話できないのは、障害を持ってうまれてきたからだ」と述べ両親への憎しみを吐露している。
この物語の犯人もおのれの親を恨んでいた。そう考えると辻褄が合う。
権藤が身代金を払い子供が解放されたあと、犯人は素知らぬ顔をして街中でみかけた権藤から火をかりる。
その様子を見た警部は「なんて基地外だ」と漏らすが、きっと犯人は権藤を蔑むために話しかけたのではない。純粋に話したかったのだ。だって金より子供(自分)を選んでくれたのだから。
きっと逮捕されなければ、もっと距離を縮めていっただろう。
犯人は死刑前にこう語った。
「しみったれた最後にならなくて良かった。去年おふくろも死んでるんでね」
なぜ母親の話しかしないのか。権藤を前にしてなんとも雄弁な沈黙であった。
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注
宮崎勤
東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人。1988年から1989年にかけて幼女4人を殺害した。宮崎の発言については、『宮崎勤裁判』 (佐木隆三 1995年)、『夢のなか―連続幼女殺害事件被告の告白』 (宮崎勤 1998年)などに依拠した。