家を出る直前まで、家庭のことでバタバタしていた。
頭も心も整理がつかないまま、
慌てて玄関を飛び出して──
彼の車に乗り込んだ瞬間、ようやく
「会えた。」と息を吐いた。
「大変だったね」
運転席からかけられたその一言に、
胸の奥がじんわり温かくなる。
けれど普段なら自然に伸びていたはずの手も、
この日は出せないまま。
慌ただしい余韻が残っていて、ホテルへ向かう道のりは、どこか静けさをまとっていた。
部屋に入ると、少しほっとした。
持ってきていたデリバリーを広げテーブルに並べると、
ようやく日常から切り離された「二人だけの時間」
が始まった気がした。
子どものこと、家庭のこと、仕事のこと──
ここしばらく抱えていたあれこれを話しているうちに、
彼がうなずきながら聞いてくれる表情に、張りつめていた心が少しずつほどけていく。
気づけば、声を出して笑う瞬間も増えていた。
ただ一緒に食べて、ただ話しているだけなのに、
どうしてこんなに安心できるんだろう。
食事を終えて、順番にシャワーを浴びる。
特別なことではないはずなのに、支度をして戻るたびに、 お互いの視線が自然と絡み合ってしまう。
ソファに腰かけていた彼のそわそわした様子に、
「我慢できないんだ」という気持ちがはっきり伝わってきた。
ほんの少し話をしただけなのに、背後から伸びてきた手が、 ためらいなく私を抱き寄せる。
──軽井沢以来、3週間ぶりの再会。
止まっていた距離が、一気に近づいていく。
この先、どんな夜になるのか。
自分でも想像できないくらいの熱が、
静かに、確かに始まろうとしていた。