↑↑↑2020年に綴ったものです。
「今日はよろしくお願いします」
それだけの、短いメール。
──タイムリミット当日の朝だった。
私たちの関係は“仕事上のやりとり”という枠の中で、
ずっと「必要最低限の連絡」を続けてきた。
Oさんとのメールに、感情をにじませるような
余白はなかった。
だからこそ、その日の返信を見た瞬間、私は固まった。
Oさんからのメールに、絵文字が──ついていた。
え? 絵文字……?
なんで? なんで今?
ただのマークひとつ。
でも、胸がざわついて止まらなかった。
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以前、Oさんと雑談したことがあった。
「文字だけって、ちょっと怖いですよね」
そんな話を私がしたとき、Oさんはこう答えていた。
「仕事上、絵文字って使えないんですよね〜」
でもすぐに続けて、
「ゆーさんは使ってくれて全然いいですよ」
とも言ってくれた。
そして最後に、少し笑いながら言ったのが──
「絵文字の代わりになるとしたら、使えるのは……
ビックリマークくらいですかね!!」
その時のことを、私は突然思い出していた。
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それからというもの、私はOさんへのメールの最後に、
ほんの少しだけ、絵文字を添えるようになった。
そして返ってくるOさんのメールには、
きまって「!」がついていた。
“ビックリマーク”。
それが、彼にとっての精一杯の“感情表現”
だったのかもしれない。
怒ってるように見えるから
あまり好きではなかったけれど、
そう思ったら、なんだか嬉しくて。
絵文字がダメなら、ビックリマークで。
そのルールの中で、Oさんは確かに、
私とのやりとりに“何か”を添えてくれていた。
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でも──
その朝のメールには、“絵文字”があった。
一度も見たことのない、それが突然、そこにあった。
どうして?
なにかが終わることを、Oさんなりに“
感じていた”のだろうか。
もしかして、「ありがとう」とか「お疲れ様」
の代わりだったのかもしれない。
あるいは、「これで一区切りですね」という、
無言のメッセージ。
そう考えると、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
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たかが、絵文字。
でも私にとっては──
言葉よりもずっと、心を揺らすものだった。
何度も何度も、メールを開いては閉じて、また開いて。
たったひとつの小さな絵文字を、
私は何度も見返していた。
“なにかが終わる”その朝に、
Oさんがくれた、初めての“飾り”。
それが、どれほど嬉しかったか──
彼は、きっと知らない。
