「あっちの家」を出たとき
私の中にあったのは、悲しみよりも
「呆れ」でした
勝手な夫。勝手な子供たち
そして、勝手な自分
それぞれが身勝手すぎて
もう収集がつかない
(親が勝手ならそりゃ子供もそう育つよね
なんて妙に納得したりして)
よく
「母親が子供を置いていくなんて……」
という声を聞きます
でも、当時の私にはそんな感覚
1ミリもありませんでした
ボロボロになったメンタルを立て直すのが先!
家を借りて自立するのが先!
「お母さんだから」
という精神論だけで
不安定な環境に子供たちを連れ回す方が
よっぽど無責任だと思ったから
「一人で立って、必ず迎えに行く!
待ってろよ、子供たち」
そう心に決めて
自転車を漕いで実家へ向かいました
……けれど、そこは想像していた
「シェルター」ではありませんでした
一人暮らしの母が深夜
仕事からボロ雑巾のように帰宅した
私に放った言葉
「いい加減、帰りなさい!」
……帰るところなんて、もうないのに
一番の理解者だと思っていた母からの
突き放すような一言
その瞬間、溜め込んでいたものが
音を立てて爆発しました
「子供のことを考えなさい!」
「あんた、親でしょ!」
……今は一番聞きたくない言葉の
オンパレード
いつもは冷静な私も
この時ばかりは号泣しながら叫んでいました
「どうして肝心な時にいつも私を見捨てるの?」
「助けてほしい時くらい、親なら助けてよ!」
「帰れって言われても
今回は絶対に帰らない。離婚したい!」
深夜の実家で、大の大人が泣きじゃくる
結局、母は「帰れ」
とは言わなくなったけれど
代わりにこう繰り返すようになりました
「お母さん、あんたとは暮らせないからね」
「早く家、借りなさいよ」
……え、マジで?(笑)
これ、実の娘に向かって言ってる?
今、私、人生最大級のピンチなんですけど
正直、血も涙もないと思いました
「お母さーん!
私の避難シェルターどこー!?」
って心の中で全力でツッコミました
でも、その突き放し
(というか強制的な追い出し)こそが
私の「5年で自立する」というエンジンに
逃げ場をなくすための火をつけたのです
「絶対に出ていってやる。
自力で子供を迎えに行ってやる」
靴下どころか
居場所すら見失いそうだった、あの頃
私の「10年計画」は
母の一言で
「逃げ道ゼロ仕様」
にアップデートされたのです

