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マリオmarioです。

奈良旅行ブログです。

奈良旅行に行ったのは4月4日(日)~7日(水)の3泊4日。

今月のことなのに、遠い昔のような気がしてきます。

あぁ、夢のような日々でした…。


冒頭の写真は6日(火)、旅行3日目、

唐招提寺の拝観入り口より進み、

国宝の金堂をパシャリ☆と撮影した所です。


人が少なくなったタイミングでもう一回、パシャリ☆

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唐招提寺を創建したのは、そう、鑑真さん。

中学のときに鑑真さんの鑑の字をちょっと練習したような気がします。

そんなことなかったですか?


この金堂の中央にる舎那仏さんがいらします。

それが、ちょっと寄り目なの!

「ウププ♪笑わそうとしてますか、私を?」と思いました。

そのファニーな感じがとてもいいです。

今回の奈良旅で、どの仏像が一番好きかと言われたら、

この唐招提寺のる舎那仏さんです。


で、左隣には千手観音さんがいらします。

もともと手はちゃんと1000本持ってらしたんですって。

今は、953本とか。47本、どうしちゃったんだろう。

解体したときの写真が本に載ってましたが、圧巻です。


あの、怒られそうですけども、私はこんな想像をしました。


「この問題わかる人~?」

「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」……


ごめんなさい。

でもでも、ちゃんと手を合わせてきました。

仏像は写真ダメなのですが、

その金堂からの写真、右手側を見たところ。

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二階建ての建物は、鼓楼です。

で、この写真のさらに向こうにあるのが……


この経蔵↓↓なんと(710)この経蔵、正倉院よりも古い校倉作りの蔵!!

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なーんて、知ったかぶって言ってしまいました。

私は最初、これが校倉作りとはわからなかった。

らな丸さんに教えてもらったのです。

「おぉー初校倉だ、校倉作りって初めて見ましたー、おぉー、校倉ー」

ひとしきり感心する。

で、ウチに帰ってきてから読んだ本に、この経蔵は

「正倉院より古い、日本最古の校倉作り。校倉作りの典型」

とあったワケです。

あー、やっぱ予習って大事よね、と反省。


今度は金堂左手側にある戒壇へ…。↓↓

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これは創建時のものではないそうです。

えーと、ここで「受戒会」(じゅかいえ)というのが行われるそうですね。

「私は戒律を守ります」と誓って、釈迦の弟子と認められる儀式をするところ

…っていう理解でいいのかなー?ちょっと不安だー。


そうそう、唐招提寺には、

孝謙天皇が「唐招提寺」って書いた字の額が残ってるんですね、

孝謙天皇って、「いた」んですね、と思った。

実際にその額を見ると、たまげるわー。


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唐招提寺の一番奥の方に、鑑真和上の御廟があります。

お墓ってことね。

そこにいたる砂利道の両脇のコケが、すごくステキなのです。

モッコモッコしているのです。


ほらほら、モッコモッコしてるでしょう?

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で、このコケに気をとられて、肝心の御廟を写真に収めていませんでした。

すみません。

実際に見にいらしてはどうですか?


それから、教科書によく載っている鑑真さんの像ですが、

それは、鑑真さんの命日にならないと見れないんですって、

たしか6月だったと思います。


お土産にハート型の唐招提寺のあぶら取り紙などをもとめました。

売店には味噌なども売ってましたよ。

鑑真さんが、お味噌やお砂糖を日本に伝えたとか言われてるようですね。

すごいやー。


唐招提寺を出て、すぐ近くのおみやげ物屋さんキトラさんへ向かいました。

せんとくんグッズがかなりあって、ウキウキ。

そして、ちょっと喉を潤したりしてー。

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ここにも巨大せんとくんがいました。

やはり、角がしんなり~。あららー。


このとき確か、夕方4時近かったかな。

またしても時間配分など忘れていた私。

一つのお寺に2時間くらい費やしている…。

でも、一つ一つじっくり見れたな、という思いがありますね。

いや、まだまたじっくり見たいかも。


キトラさんで休憩した後、らな丸さんに

「平城宮跡に行くまえに法華寺に行こう」と

連れていってもらいましたよー。


あれ、奈良旅行ブログ、まだ続いてしまう…

すみません、ホント、長くて。