今回のブログだけ、ベイブルース高山さんと書かせて頂きます。
漫才コンビ「ベイブルース」ってご存知ですか??
雨上がり決死隊と同期のコンビなんです。
実は、人気絶頂期に相方の河本さんが、1994年10月31日
劇症肝炎で亡くなってしまいました。
今でも僕はあの時のことを覚えています。
かなりショックでした。
それからは、ベイブルースのネタを思い出せる限り思い出して友だちと真似していました。
何年かが過ぎ、薄情なもんで僕はだんだんベイブルースの存在を忘れていきました。
そして、僕が大学を卒業し、ラートのパフォーマーとしての道を模索しているとき、
奈良テレビで、気ままに駅サイト(今は気ままに歩こーく)>>>という番組で
僕はベイブルース高山さんを見つけました。
あの時はめっちゃ嬉しかった!!
あんだけ確立されていたコンビから、突然ピンになる。
どれほどの苦労があったんやろう。。。
想像すら出来なかったけど、
何か勇気が出たっていうか、
何か分からんけど僕もがんばろう!!って思ったのを覚えています。
そんな高山さんと共演できて、僕はめっちゃくちゃ嬉しかったんです!!
あ、それから、皆さんにも一つ告白。。。
実は、前回のPADMA>>>で、僕と知幸が双子の赤ちゃんで子宮の中にいるっていうネタ
覚えている方いたら嬉しいですが、
あれ、実はベイブルースのネタの設定を借りたんです。。。
(パクった。。。のではありません!!)
(PADMA3月29日から観に来てね!!>>>(僕は映像で出演します!!))
なんばグランド花月初日で、高山さんとお話しできる機会があったので、
先ずは開口一番謝りました。「ベイブルースのネタ使わせて頂きました。」って。
高山さんは、
『あれ、下ネタやん、よう覚えてたなぁ。。。良いよ。良いよ。』
って、許して下さいました。。。
よ、良かった。。。
本人に直接お話出来るなんて思ってもみなかったです。
3日目の休憩中、
高山さんは僕に一冊の本を下さいました。
それは、2009年に高山さんが出さはった本。
『ベイブルース 25歳と364日』
でした。

高山さん『マネージャーに聞いてんけど在庫がなかったから、前の本屋さんで見つけてきた。
めっちゃ恥ずかしかったわ。旅のお供に。』
って、
貴重な休憩時間に本屋に行って買って来て下さったんです!!
びっくりしたと同時に、優しさに感動し、ベイブルースが復活したような、
何か心が動いて、涙が出そうになりました。
ぼんちおさむ師匠が、『サイン貰っとき。』
って仰ってくれて、僕は直ぐにマジックを取りにいきました。
(あれ取りに行ってなかったら確実に涙出てました。)
帰りの電車で最初の2ページ読んで涙が目にたまってきたのですぐに閉じました。
河本さんが亡くなったその日も、変わることなくヤンタンに出演なさっていた。。。
河本さんが唄う歌詞 ~お前を残して出て行くのは辛いけど。。。~
ヤンタン中に、発売間近のこの曲が流れたそうです。
本の内容書きたいけど、主観的すぎて無理ですわ。
やっぱり僕は小学校時代から読書感想文は苦手やねん。。。
オーストラリアに向かう飛行機の中で、読ませて頂いたのですが、
最初から最後まで、ヤバいくらい涙が出てて、恥ずかしかった。。。
でも、機内が暗くて良かった。。。
僕の横で、玉子>>>が花粉症でヤバいことなって
鼻水とのどの腫れと涙ですんごいことなってるのに、
僕は横で『ベイブルース』の本読んで涙と鼻水ダラダラ流してました。
メルボルンでは、毎日のように攻められてます。。。
あんなに困ってたのにそっちのけで本読んでたね!って。
まぁ、しゃあないですわ。。。。
もし、お時間あったら『ベイブルース 25歳と364日』
読んでみて下さい。。。
ベイブルースの素晴らしさ、友情、
そしてケツカッチン高山さんとなって活躍されている
今の優しい笑顔から湧き出てくる思いが、
この本には詰まっています!!!
僕も、ただラートを演じるのではなく、自分の人生をそこに表現できるように
これからも回り続けていきたいと思います。。。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
ぽちっとしてね↓

気がついたら、順位がめっちゃ下がってました。。。。デジタル世界は厳しい。。。