「追い抜き」は、よした方がいい。

僕は一度「追い抜き」で死にかけたことがある。



その日僕は急いでいた。寝坊したのだった。時間はどうにかぎりぎり間に合うかな、という感じ。普段どおりのペースで運転すれば良いだけだった。けれどもやっぱり人間どこか余裕がないと判断力が鈍るもので、そのときの僕はかつてないほどの“追い抜き魔”になっていた。

前に車が走っていればとにかく追い抜く。こうして追い抜きを重ねることで所要時間が2分の1にも3分の1にもなるかのような錯覚を抱き、僕は「調子よく」運転を続けた。


長い直線。


前にトラックが見える。トレーラーというのかな、長さのあるやつだ。大型トラックというのは猛スピードでぶっ飛ばしているようなイメージが僕の中にはあるんだけども、まぁそれはせいぜい夜中の話。昼間の大型車というのは往々にして紳士的な運転をしているものだ。このトレーラーもまた、法定速度を守った「常識的」な運転であった。


追い抜きの妖精にとり憑かれた僕は当然のように追い抜きにかかり、ジワリとアクセルを踏み込んだ。対向車線にはみ出し、ぐんぐんと加速する。


左に見えるトラックの荷台の文字はゆっくりと後ろに流れていく…。


ところが…、

僕は少しずつ焦ってきた。



「なかなかトラックが終わらない」んである。


このトラックを追い抜き切るまでにかなりの距離、対向車線を逆走する形になる。そうこうしている内に、正面からも1台大きなトラックが迫ってくるのが見えてきたのだった。もうちょっとで追い抜ける、その時にもどんどん正面から迫るトラック。ありふれた表現だけど、僕は「もうだめかと思った」。


僕はハンドルを左に切った。


前からぶつかるよりは後ろからぶつかる方がまだマシだろうという、我ながら男気溢れる判断であった。その瞬間の光景は、…覚えていない。見事に記憶から消え去ってしまっている。

気がつくと僕は「長いトラック」の前を走っていたのだった。