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○唐の文化の続きです!

 

●一気にいっちゃいましょう!

 

○まず仏教!仏教は朝廷や貴族の保護で繁栄します。天台宗、真言宗、律宗、禅宗、浄土宗といった中国独特の特色ある宗派が形成されたのもこの時代!天台宗を日本へ持って帰ってきたのが最澄で、真言宗は空海。あの鑑真さんが伝えてくださったのは律宗。ただ、特に入試で問われるのは渡印僧の方だ!

 

●中国からインドへ仏教を学びにいった人ですね!

 

○そう!まず<玄奘>(げんじょう)[602~664]。三蔵法師の名で、日本でもお馴染み。2代<太宗>の時代の人です。インドはヴァルダナ朝だったね。<ハルシャ=ヴァルダナ>王に招かれてます。そして、王にすっかり気に入られて、たくさんのお経を持って帰って645年に帰国。現在、長安の観光名所に大雁塔(だいがんとう)という所があるんだけど、これは玄奘が持ち帰った経典を保存するために建設されたもの!

 

●その玄奘が書いた旅行記が『大唐西域記』ですよね!

 

○その通り!さて、二人目は<義浄>(ぎじょう)[635~715]です。彼は行きも帰りも海路で、大乗仏教が盛んに信仰されていたシュリーヴィジャヤ王国に立ち寄ったことも忘れてはいけません!!この頃インドは分裂期でしたね。旅行記は『南海寄帰内法伝』。

 

●あれ?唐って国際色豊かな時代でしたよね?ってことは宗教に関しても、新たに入ってきたものがあったりしたんですか?

 

○鋭い!実は「唐代三夷教」と言って、唐の時代には西方からいくつかの宗教が伝播してくるんだ!

 

●後半のテーマですね!

 

○まずゾロアスター教。イラン人の宗教だったね。これは祆教(けんきょう)といわれました。拝火教と言うこともあるけど、これは火を拝む宗教全般の呼び方だから注意しよう!

 

●ゾロアスター教=祆教…拝火教の一種。ということですね!

 

○そういうこと!続いて、ネストリウス派キリスト教。これは景教(けいきょう)と呼ばれた。図表なんかを見ると「大秦景教流行中国碑」という有名な碑が載っています。造られたのは781年。長安で景教が流行したのを記念して建てられたものです!

 

●おぉ!大秦っていうのはローマのことでしたよね!

 

○そうだね。じゃあネストリウス派のキリスト教が異端とされた公会議は!?

 

●えっと…431年のエフェソス公会議!!!

 

○おみごと!

 

●…キリスト教の歴史がちょっと不安になってきたから復習しておこっと…。

 

○さて、唐代には摩尼(マニ)教という、これもイラン生まれの宗教が伝わってきました!これは仏教・キリスト教・ゾロアスター教を融合させたもので、イスラーム以前の西アジアで多くの信者を集めてた。

 

●今言った、ゾロアスター教・ネストリウス派のキリスト教・マニ教が「唐代三夷教」というわけですね。

 

○そうです!で、イスラーム教が伝わって来たのもこの頃。のちに回教(かいきょう)と言われるんだけど、これはウイグル人に信奉者が多かったからって話は前にしたよね。

 

●あれ?どうしてウイグル人に信者が多いと回教になるんでしたっけ?

 

○ウイグル人のことを回紇と表記したから!

 

●あ、そっか!

 

◯あと、唐の歴代皇帝は道教を推してる。そのため、三武一宗の法難の一つで、会昌の廃仏という名前がついた廃仏が起きたのも、この唐の武宗の時代。はい!というわけで唐代の文化おしまい!

 

 

 

☆センターチャレンジ

唐代の国際交流について述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。[06 本試]

① 西域から訪れた僧仏図澄によって、禅宗が中国に伝えられた。

② ミラノ勅令で異端とされたアリウス派キリスト教が、中国に伝えられた。

③ 律令制などの制度や文化が、朝鮮半島や日本に伝えられた。

④ パルティア王国の使節が、「大秦王安敦」の使者と称して長安を訪問した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正解は