太平洋に撒き散らかされている放射能海外にいる 現代レイキの先生、小林明詩先生からの情報です。 「放射線関連の情報はノルウェーやドイツの方が進んでいます。 太平洋に放射能が撒き散らされている代わりに、東京はギリギリ守られているのがよく分かります。」 http://transport.nilu.no/products/fukushima
二度敗ける 2011年04月01日02:09 の日記転載二度敗ける 2011年04月01日02:09震災以前に聞いた、あるドイツ文学者の言葉です。「二度敗北しないと人間は学ばない」。 ドイツは二度の世界大戦を経てようやく「戦後」を獲得した。 日本(第二次大戦)もアメリカ(ベトナム戦争)もまだ一度しか敗けていない、と。 二度敗北する、とはどういう意味でしょうか。 たとえば、一人の人間が、人生において二度敗北という体験を持つこと。 そしてそのような人間が生きている社会が、社会全体として二度敗北体験を持つこと。 大戦争が体験者の平均寿命を一つのスパンとして周期的に勃発するように、失敗の先例が生かされなくなるとき、新たな危機が訪れるという周期説は、上記のような仮説に基づいているでしょう。 その文学者の言葉を鵜呑みにするわけではありませんが、過ちをおかした時は、徹底的にその経験に打ちのめされてこそ次がある、という趣旨には頷けるものがあります。 「フクシマ」に対するヨーロッパのビビッドな反応には、チェルノブイリ原発事故が大きく関わっているでしょう。それ以前の原発事故、たとえば1957年の英国ウィンズケールの事故は、甚大な被害の爪痕を今日まで残しながら、時のマクミラン政権下で、事故報告書(通称「ペニー報告書」)が政府機密に指定され、長く封印されてきました。 しかし、チェルノブイリ原発事故の翌年、このウィンズケールの事故報告が30年にわたる封印を解かれて人々の眼に触れることになったのです。その後、疫学調査の結果等も公表され、周辺住民の白血病による死亡の実態が知られるようになりました。現在でもこの地域は白血病発症率が高く、全国平均の三倍と言われています。 このふたつの事故は、その後のヨーロッパにおける脱原発の潮流をつくる大きな要因になりました。 しかし、日本は本当に「一度しか敗けていない」のでしょうか。 茨城県東海村のJCOの臨界事故では、多くの作業員が大量被曝とひきかえに臨界事故を収束させ、うち2人の方が事故から数ヶ月の間に「多臓器不全」という痛ましい最期を迎えました。その体験は、生かされてきませんでした。 新潟県中越沖地震における柏崎刈羽原発の火災と放射性物質の漏洩は、事故後の調査で、設置許可申請時の活断層の評価がまともになされていなかった(複数の活断層のうち、いくつかは活断層と認めず、残りの大きさも数分の1程度に評価していた)ことが判明しました。それでも、原子力安全・保安院はこの事故をレベル0-と評価し、柏崎刈羽原発の運転は再開されました。 思えば大戦末期、広島、長崎への相次ぐ原爆投下の後も、国体護持の途を探るために終戦の詔勅は遅れました。結果として、最期の爆撃=大阪大空襲を招来したことは、体作家の故小田実さんが生前訴え続けてきた通りです。彼はこの一度の体験を血肉化することで、ベトナム戦争時、空襲の航空写真に写された街=下界で何がおきているかを、一目ではっきりと看破することができたのでしょう。 過ちが過ちであることを認識するのは、能力と同時に感受性の射程の問題でもあるでしょう。ウィンズケールの死者、チェルノブイリの死者、JCOの死者、広島の死者、長崎の死者、大阪の死者、…それがたとえ、あなたの家族や恋人、友人でなくても、そこでは誰かにとって大切な誰かが、命をおとしているのです。 すでに多くの「失敗」と「敗北」を、私たちの社会は経験してきています。 数日来の日記のテーマでもある「絶望」も、まずそこから始めなければ何も始まらない、という想いからつづったものでした。 以下のURLは、フランス在住の市民運動家から知人を介して届いた、現在の福島原発の鮮明画像です。 http://photos.oregonlive.com/photo-essay/2011/03/fukushima_dai-ichi_aerials.html ここで、今この瞬間も作業をしている人がいます。 この場所へ赴く大切な人を、見送らなければならない人がいます。 そして、ここから近距離の町で、ただただ不安を抱え、眠れぬ夜を過ごしている人がいます。……………………yuko takahashi さんのmixi転載です。
原子力情報資料室からのメッセージ(4)(転載) 2011年03月31日17:28の日記転載原子力情報資料室からのメッセージ(4)(転載) 2011年03月31日17:28原子力資料情報室のサイトより転載します。 -------------------------------------------------------------------------------------- 原子力安全委員会よ、口先だけの反省より、行動を起こせ ―原子力資料情報室からのメッセージ(4) 2011.3.31 原子力安全委員会は何をしているのか? 多くの人々がこう感じてきた。ようやく少しは表に出てきたが、安全委員長は、事故対策を「東電の自主性に任せていた」、耐震安全性は「割りきらなければ設計できなかった」と語った弁が報道されている。責任回避だ。 これまでの反省の上に立って、安全委員会が今後どう行動するかがいま問われている。原子力資料情報室は、原子力安全委員会に以下の対応を早急にすすめることを求める。 1. 今回の地震が他の地震の活動を早めるとの地震学からの指摘がある。とりわけ、東海地震 はいつ起きてもおかしくない時期に来ている。にもかかわらず、中部電力は運転を継続しながら、耐震安全性を強化するという。しかし、いま 原発震災が再発すればどうなるのか、その惨事はもはや疑いえない。同原発の耐震安全性強化のチェックとこの実施は浜岡原発を停止して行うように求めること。同時に、原子力安全委員会は耐震安全性および過酷事故への対応強化含めて早急に安全総点検をすること。 2. 現場での作業は過酷を極めている。事態が長期化することは明らかだ。この被曝環境の中では、多くの作業者が必要になる。原子力の専門家を含めて原子力産業に従事してきたOBなども動員して、作業員の確保を急ぐこと。 3. SPEEDIはほとんど役に立たなかったが、しかし公開された評価結果によれば、広がった汚染状況の中で、妊婦と子供たちなど、すぐに避難させた方がよい地域がある。加えて、福島第一原発の置かれている状況は非常に厳しい。最悪の事態が確実に避けられる保証はない。M7クラスの余震 の可能性もこの事態をいっそう危惧させる。30km内は当然のことながら、最悪の事態を想定して、さらに広域の避難計画を実施すること。 4. メディアからは、「専門家」が放射線被曝による「健康影響はない」、「発がんのリスクはない」と繰り返し主張している映像が垂れ流されている。「専門家」に、このような曖昧な科学を語らせ続けてよいのか。 この結果、関心のある人たちには、いっそうの不安をあたえ、関心のない人たちは「専門家」の言葉を信じて、比較的高い空間線量が観測されているにもかかわらず、子供たちを屋外で遊ばせている。発がんのリスクを正しく伝えること。 5. 原子力安全委員会は、毎日、定時に記者会見を開け。かつ、必要に応じて、緊急記者会見を開くこと。 認定特定非営利活動法人原子力資料情報室 〒162-0065 東京都新宿区住吉町8-5曙橋コーポ2階B TEL.03-3357-3800 FAX.03-3357-3801…………………yuko takahashi さんのmixi転載です。