工程表 2011年04月17日17:31
報道されている通り、本日午後、東京電力が会見を行い、いわゆる「工程表」を発表しました。以下のリンクは、会見時に配布された資料です。

東京電力
「福島第一原子力発電所・事故の収束に向けた道筋」
http://cdn.nikkei.co.jp/parts/ds/pdf/001/20110417_01.pdf

あまりに抽象的な内容で検討する材料に乏しいのですが、とりあえず今日の時点での私の危惧は、以下の四点です。

1)原子炉の損傷個所もその程度も判らず、それを知るための計器の修復もできていない現時点で出される「工程表」の実現可能性は、どれだけ担保されているのか。「工程表」作成にあたり依拠した生データ自体を公開すべきであり、そのデータとの整合性に基づいて「工程表」の妥当性が判断されるべきではないか。

2)故郷を離れたくないという避難地域の人々の想いと、事故を過小に見せたいという東電の思惑が奇妙にクロスし、厳しい予測を立てること自体を「風評」の名の下に封じ込めようとする動きは、現時点でも見られる。工程表には、「避難区域/計画的避難/緊急時避難準備区域の放射線量を十分に低減する」という記述があるが、その具体的手法はおろか、測定方法や数値目標すら示されていない。
これまでの経緯を見れば、空間線量ばかりが取りざたされる傾向が強いが、土壌、地下水、海の汚染は空間線量以上に深刻である。対象地域の広大さからいっても、土壌の除染には困難が伴い、地下水や海の除染は実質的に不可能である。これらを勘案すると、6~9ヶ月という期間は異常に短いと感じられる。
「工程表」の楽観的な観測でさえ6~9ヶ月続くとされる汚染物質放出の後では、除染にかかる労力とコストは信じがたい規模になるだろう。それをやり抜く、というなら、それなりのプランと裏付けが必要だが、それもまったく示されていない。
このままでは、不充分な除染と不充分なモニタリングによって、「もう安全」キャンペーンが展開されるとともに避難指示が解除され、二次、三次被害が出るのではないかとの危惧を抱く。

3)「工程表」では「冷却」「抑制」「モニタリング・除染」に関わる膨大な作業への具体的な方法論が提示されていない。また、これらを担うのは、基本的に生身の人間である。「(2号機)格納容器が密閉できるまでは…」というが、誰がどんな方法で「密閉」するのか。現在も見えない存在とされている個々の作業員に、今後どれだけの負担を強い、その安全性をいかに確保するのかについて、まったく考慮した形跡がない。

4)この「工程表」が崩れる事態に対して、誰がどのように責任をとるのか、についての言及がない。

とくに3)については、年間被曝限度の250mSvへの引き上げなど、高線量下での作業を行う人々にいっそう苛酷な状況を強いる動きが出ています。この人々の被曝管理、中長期にわたる健康管理、そして必要に応じて補償を行うこと、は、喫緊の課題であると思います。

下記は、スペインの全国紙が8年前に報じた「原発奴隷」の記事です。併せてお読みいただければ幸いです。

EL MUNDO(エル・ムンド:スペイン紙)
「調査報告/原子力発電所における秘密 日本の原発奴隷」
http://www.jca.apc.org/mihama/rosai/elmundo030608.htm
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yuko takahashiの日記転載です。
山岸凉子『パエトーン』(リンク) 2011年04月17日00:25
山岸凉子さんといえば、少女漫画界の黄金期を牽引した一人。バレエ漫画『アラベスク』や、厩戸王子に斬新な人間像を造形した『日出処の天子』、最近では『舞姫 テレプシコーラ』などの作品で知られる漫画家です。
掲題の『パエトーン』は、1988年、チェルノブイリ原発事故の2年後に、事故や関連書に触発されて描かれた作品です。今回の福島第一原発事故を受け、版元と著者の計らいにより、電子書籍を無料公開しています。

山岸凉子『パエトーン』電子書籍
http://usio.feliseed.net/paetone/

山岸さんのマンガに限らず、かつて出版された多くの本が「予言の書」としてネット上で話題になっています。取り上げられている作品の多くは、今でも一読の価値があるものばかりです。しかし、それは単に、著者・作者らに先見の明があったから、という理由だけではありません。
私が最初に原発に関する本(高木仁三郎著『プルトーンの火』)を読んだのは、30年以上前、小学生の頃です。手当り次第に乱読したのは、やはり25年前のチェルノブイリ原発事故の頃。
今回の事故を受け、当初は、原発について再度学び直し情報を更新しなければならないだろうと思っていました。しかし、かつて本から得た知識がいまなおまったく古びておらず、そのまま通用することに気づき、逆に衝撃を受けています。小学生が中年ド真ん中の年齢になるまでの歳月が経過しているにもかかわらず、その間原発の世界では、技術的にも、文明論としても、安全学的知見においても、ほとんど深化してこなかったわけですから。

これは例えば、30年前のコンピュータや携帯電話、音声や映像の記録技術などが、今日いかに小型化・高性能化・汎用化されているかを考えれば、その停滞ぶりはいっそう浮き彫りになるでしょう。情報公開も価格競争もなく、資金を湯水のように与えられてきた原発は、自らを律して安全に寄与する最低限の努力すら怠ったまま、この二、三十年あまりを過ごしてきてしまったのです。

原発を現代科学技術の頂点と捉え、「リスクなしに技術革新はない」「脱原発は科学技術の進歩の放棄」という主張の論拠とする意見も、ネット上には散見されます。こうした意見には、さまざまな角度からの検証と反論が可能でしょう。しかし、こうした主張の中心をなす「技術革新」ですら、原発の世界では阻まれてきたこと、現在運転中の原発も、その祖型は数十年前の技術の産物であること、等々は、記憶にとどめておくべきだと思います。

数十年前の「警告」がいまだ有効であるような世界を、現在私たちは生きている…そのことを、改めて実感しています。

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yuko takahashiの日記転載です。
月刊誌『世界』5月号「東日本大震災・原発災害 特別編集」 2011年04月14日00:50
掲題の雑誌で、震災・原発災害を特集しています。

巻頭カラー写真は、この日記(3月22日)でもご紹介させていただいた樋口健二氏の『闇に消される原発被曝者』からの一枚です。
ほかにも、これまで日記の中で折に触れてご紹介してきた多くの科学者・技術者・研究者の論文や対談などが収められています。
例えば、田中三彦氏(3月28日の日記参照)の1号機事故の解説、原子力資料情報室(この間、何度も引用・転載させていただいています)の共同代表・伴英幸による事故の検証や提言、日本ビジュアルジャーナリスト協会(3月12日、21日の日記参照)のフォトドキュメント、環境エネルギー政策研究所・飯田哲也氏(4月4日の日記参照)の対談…それぞれの専門分野から、貴重な検証・解説・提言が寄せられています。

ふだんはさほど売れていないと思われる雑誌(失礼!)なのに、本屋さんを何軒もハシゴしてやっと見つけました。図書館には入っていると思います。よろしければ一度お目通しください。

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yuko takahashiさんのmixi転載です。