「食品汚染報道」をどう受けとめるか 2011年03月22日15:29
15日の日記で、食品の放射能汚染について書きました。この問題に限らず、日記で取り上げたテーマが、数日~1週間遅れで現実化しています。わずかな予備知識と考え抜く姿勢さえあれば、今日起こっている問題、そして今後起こりうる問題は、一定程度予見できるはずです。
残念ながら、報道をみる限り、高い検出値が発表されればそれを垂れ流し、生産者の窮状が伝えられればそれも垂れ流し、といった思考停止が蔓延しています。一個人として、これらのニュースとどう向き合い、どう判断を下していけばよいのでしょうか。
まず、この数日来「安全」を連呼しているマスコミや専門家の発言について、考えてみたいと思います。
「安全」という言葉は、それがどんな状態を意味し、どういう「危険」性に照らして安全なのかを明示しなければ、空疎なスローガンでしかありません。
官房長官会見や専門家のコメント等を聞く限り、「ただちに健康被害が出る値ではない」ことが、この安全宣言の根拠となっているようです(ただし、その基準値は、時に100mSv/yであったり250mSv/yであったりし、かなりの幅でブレが見られます)。
では、「ただちに健康被害が出る値」とはどのような値であり、その値を超えると何が起こるのでしょうか。
17日の日記で、被曝が身体に及ぼす影響には、しきい値(=これ以下なら安全という値のこと、「閾値」ともいう)があるものとないものがあるという特性がある、という趣旨のことを書きました。ここでは、前回の日記とは違う角度から、再度この問題に焦点を宛ててみようと思います。
被曝が人体に与える影響には、「急性障害」と「晩発障害」があります。このうち、「急性障害」は短時間に多くの被曝をすることによって引き起こされるもので、「しきい値」は200mSv/hと言われています(これ以下の線量では、急性放射線症は認められない、という意味です)。これを、放射線障害の「確定的影響」とよびます。現在福島原発で放水その他の作業に従事している人々は、この「確定的影響」が出る値を超えないようにしなければなりません。そのため、ハイパーレスキューの石井泰弘部隊長は、自分自身の肉体を線量計にするような危険を冒して、隊員たちの被曝線量管理を行ったのです。
これに対し、発がんなどの「晩発障害」には、しきい値がありません。つまり、これ以下なら安全という数値は出せないのです。言い換えれば、たとえ微量の被曝であっても一定割合でがんは発生します。これを、放射線障害の「確率的影響」とよびます。国際放射線防護委員会(ICRP)は、1mSvの被曝でも、1万人に1人の割合でがんが発生するとしています。従って、自然放射線であれ医療放射線であれ原発から放出される人為的な放射線であれ、被曝量が少なければ発がんリスクも低下するのは言うまでもありません。また、上記の「急性障害」の値を意図的に「晩発障害」と混同して論じる一部マスコミ報道には、憤りさえおぼえます。
以前述べたように、私は自分の被曝線量をゼロにしたいなどと考えているわけではありません。しかし、同じ線量でもハイリスクの人々がいる、という事実に想像力を働かせるのは当然のことではないでしょうか。被曝への感受性が高い子供たちや若い世代、妊婦、体力・免疫力の低下している人々、がんの既往歴を持つ人々、現に闘病中の人々、…優先的に護られなければならない人々が、私たちの周囲にはたくさんいます。
いま私の家の冷蔵庫には、福島県産のホウレンソウが入っています。とりあえず廃棄するつもりはありません。しかし、報道されている情報からだけでは、適切な調理方法が判断できません。
主要な汚染経路が空中からの浮遊物質ならば、報じられている通り水で洗ったり茹でたりすることには、一定の除染効果が認められるでしょう。しかし、ではなぜビニールハウス栽培のホウレンソウまでが、出荷停止・廃棄処分になっているのでしょうか(*註)。最初のベント(格納容器の弁の開放)から、すでに10日以上が経過しています。もし、この間の土壌や水の汚染によってホウレンソウの中に放射性物質が取り込まれているのであれば、水洗いして茹でるという除染方法はあまり意味をなしません。
私は、自分の食べ物の汚染状況を知り、効果的な除染方法を知り、それでも残るリスクを自覚しながら食べる権利があると思います。
そして、発がんのハイリスク群とされる人々には、高い検出値の食品は可能な限り避けていただきたいと思いますし、その警鐘を鳴らす責任がジャーナリズムにはあるはずだと考えています。
*註記
報道各社は、放射線測定器を所持しているはずです。ビニールハウス栽培と路地栽培の作物の検出値を比較すれば、現時点での汚染経路はある程度推測が可能になります。廃棄作業をする農家の方々のやりきれない表情だけをテレビカメラに収め、それで事足れりとする姿勢は、ジャーナリズムの基本である事実確認すらまともにできていないことを表しています。
「風評被害」とは、汚染されていないのに過剰反応によって被害を受けることです。事実が明らかにされていない現状では、「風評」であるか否かを判断することすらできません。
この点について疑問を持つ報道が見られないこと、記者会見で質問する記者が見当たらないこと自体が、私には信じられません。
……………………
yuko takahashiさんのmixi転載です。
15日の日記で、食品の放射能汚染について書きました。この問題に限らず、日記で取り上げたテーマが、数日~1週間遅れで現実化しています。わずかな予備知識と考え抜く姿勢さえあれば、今日起こっている問題、そして今後起こりうる問題は、一定程度予見できるはずです。
残念ながら、報道をみる限り、高い検出値が発表されればそれを垂れ流し、生産者の窮状が伝えられればそれも垂れ流し、といった思考停止が蔓延しています。一個人として、これらのニュースとどう向き合い、どう判断を下していけばよいのでしょうか。
まず、この数日来「安全」を連呼しているマスコミや専門家の発言について、考えてみたいと思います。
「安全」という言葉は、それがどんな状態を意味し、どういう「危険」性に照らして安全なのかを明示しなければ、空疎なスローガンでしかありません。
官房長官会見や専門家のコメント等を聞く限り、「ただちに健康被害が出る値ではない」ことが、この安全宣言の根拠となっているようです(ただし、その基準値は、時に100mSv/yであったり250mSv/yであったりし、かなりの幅でブレが見られます)。
では、「ただちに健康被害が出る値」とはどのような値であり、その値を超えると何が起こるのでしょうか。
17日の日記で、被曝が身体に及ぼす影響には、しきい値(=これ以下なら安全という値のこと、「閾値」ともいう)があるものとないものがあるという特性がある、という趣旨のことを書きました。ここでは、前回の日記とは違う角度から、再度この問題に焦点を宛ててみようと思います。
被曝が人体に与える影響には、「急性障害」と「晩発障害」があります。このうち、「急性障害」は短時間に多くの被曝をすることによって引き起こされるもので、「しきい値」は200mSv/hと言われています(これ以下の線量では、急性放射線症は認められない、という意味です)。これを、放射線障害の「確定的影響」とよびます。現在福島原発で放水その他の作業に従事している人々は、この「確定的影響」が出る値を超えないようにしなければなりません。そのため、ハイパーレスキューの石井泰弘部隊長は、自分自身の肉体を線量計にするような危険を冒して、隊員たちの被曝線量管理を行ったのです。
これに対し、発がんなどの「晩発障害」には、しきい値がありません。つまり、これ以下なら安全という数値は出せないのです。言い換えれば、たとえ微量の被曝であっても一定割合でがんは発生します。これを、放射線障害の「確率的影響」とよびます。国際放射線防護委員会(ICRP)は、1mSvの被曝でも、1万人に1人の割合でがんが発生するとしています。従って、自然放射線であれ医療放射線であれ原発から放出される人為的な放射線であれ、被曝量が少なければ発がんリスクも低下するのは言うまでもありません。また、上記の「急性障害」の値を意図的に「晩発障害」と混同して論じる一部マスコミ報道には、憤りさえおぼえます。
以前述べたように、私は自分の被曝線量をゼロにしたいなどと考えているわけではありません。しかし、同じ線量でもハイリスクの人々がいる、という事実に想像力を働かせるのは当然のことではないでしょうか。被曝への感受性が高い子供たちや若い世代、妊婦、体力・免疫力の低下している人々、がんの既往歴を持つ人々、現に闘病中の人々、…優先的に護られなければならない人々が、私たちの周囲にはたくさんいます。
いま私の家の冷蔵庫には、福島県産のホウレンソウが入っています。とりあえず廃棄するつもりはありません。しかし、報道されている情報からだけでは、適切な調理方法が判断できません。
主要な汚染経路が空中からの浮遊物質ならば、報じられている通り水で洗ったり茹でたりすることには、一定の除染効果が認められるでしょう。しかし、ではなぜビニールハウス栽培のホウレンソウまでが、出荷停止・廃棄処分になっているのでしょうか(*註)。最初のベント(格納容器の弁の開放)から、すでに10日以上が経過しています。もし、この間の土壌や水の汚染によってホウレンソウの中に放射性物質が取り込まれているのであれば、水洗いして茹でるという除染方法はあまり意味をなしません。
私は、自分の食べ物の汚染状況を知り、効果的な除染方法を知り、それでも残るリスクを自覚しながら食べる権利があると思います。
そして、発がんのハイリスク群とされる人々には、高い検出値の食品は可能な限り避けていただきたいと思いますし、その警鐘を鳴らす責任がジャーナリズムにはあるはずだと考えています。
*註記
報道各社は、放射線測定器を所持しているはずです。ビニールハウス栽培と路地栽培の作物の検出値を比較すれば、現時点での汚染経路はある程度推測が可能になります。廃棄作業をする農家の方々のやりきれない表情だけをテレビカメラに収め、それで事足れりとする姿勢は、ジャーナリズムの基本である事実確認すらまともにできていないことを表しています。
「風評被害」とは、汚染されていないのに過剰反応によって被害を受けることです。事実が明らかにされていない現状では、「風評」であるか否かを判断することすらできません。
この点について疑問を持つ報道が見られないこと、記者会見で質問する記者が見当たらないこと自体が、私には信じられません。
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yuko takahashiさんのmixi転載です。