原発問題に関しての個人的見解 2011年03月15日15:48
遅きに失した感はあるものの、ようやくテレビが一般市民向けの情報を流し始めました。このため、ネット上でも多くの情報が飛び交い、一部では誤解もあり、あるいは舌戦に発展するなどの混乱もみられます。
今回の日記では、この間私が情報発信してきた理由やスタンスについて、また今後起こりうることについての中長期的な予想とそれへの見解について、書いてみたいと思います。

最初に、チェルノブイリ原発事故の後にヨーロッパで起きた、主に母親を中心とする汚染食品拒否を含む反原発運動をご紹介します。この自然発生的な女性たちの動きは、一部誤った事実認識に基づいていたことや、表現がヒステリックとみなされたこと等により、反対の立場から「ベクレル派」(=ベクレルBqは放射性物質の量をあらわします)などと呼ばれ、批判と嘲笑を受けました。しかし、事故の影響が次第に明らかになるにつれ、母親たちの危機感が決して大げさなものではなかったことがわかってきます。彼女たちは、政治的反原発運動の立場ではなく、子供を護る立場から「集団ヒステリー」を起こしていたのです。

以前にも書きましたが、今回の原発事故は天災ではなく、明らかに人災だと、私は考えています。その責任は、10代の頃から反原発の立場をとりながら、結局原発の存続を許してきた自分を含む、この社会の大人たちが分有しているものだと思います。今回情報発信を行ったのは、自分の被曝を減らしたいためではありません。予備知識や準備によって、たとえわずかであっても被曝の機会を減少させるための対処を、主に小さい子供やそのお母さんたちにとってもらいたい、という思いからでした。

今後どういう形になるかはまだ判りませんが、事態が一定の状態に収束したら、おそらくまず福島から離れた産地の食品や輸入食品が、品薄となるでしょう。政府や関係企業が「もう安全キャンペーン」を展開することになるであろうことも、過去の経験が教えています。その一方で、被災した東北地方は、生産物が売れないとすれば復興にも支障を来すことになるでしょう。

私自身には子供はおりません。今後産む予定もありません。
そういう大人たちは、今後ある程度覚悟して、汚染水、汚染食品を体内に取り込まなければならない局面が生まれる可能性があります。そのときに、子供たち、その母親たち、妊婦たち、そしてこれから子供をもつ若い世代の人たち…を、社会全体が護ることが必要だと切実に思います。母親たち自身が「ヒステリー」を起こす前に、社会全体でその重みを受け止めることができるかどうか、私たちの人としての感受性が問われていると思うのです。

もちろん、あえて汚染食品を口にしろ、というつもりはありません。
チェルノブイリ以後も、例えば汚染土壌の処理方法の違いから、農作物の放射能汚染や濃縮の程度には著しく異なった結果が見られました。コストがかかろうとも、汚染した表土を除去しなければなりません。見た目の測定値を下げるために汚染表土を土の中に鋤込んでしまった土地では、その後長期にわたって農産物に汚染が続いています。可能な限り、最善と思われる選択を、し続けて行くしかありません。

それでもなお、飲み水や食品が足りなくなる、という事態は予想できます。そのときには、上記のカテゴリーに含まれる方々が優先的に救済されることを、切実に希望します。
また、被災の上に、都市住民の不買により復興に支障を来すようなことがあってはならないと考えます。放射性物質の検査体制を整え風評被害を防ぐこと、汚染の強い生産物は政府が買い取り処分すること、基準値以下の食品については、上記のカテゴリーに属さない人々が一定程度の汚染を甘受すること、等々。これらの措置は、電気の恩恵をもっとも贅沢に享受している東京で、まず決定・実行すべきではないかと考えています。


……………………………

yuko takahashiさんのmixi転載です。