今朝の体調は微妙だったけれど、6時半に起きて様子を見ていました。
別に起きなくても良いときは自然に早起きができて、出勤前は早起きがつらいのは、なぜだ。シラー
やっぱり調子わるいなあ、、、と思っていた矢先、父から、これから母が茶道具を買いに行ってくれるので、希望があったら言うように、というメールが届きました。
キラキラお母さん、ありがとう。。キラキラ
実は先週から親しくして頂いている女医Mさんに誘って頂いて、お茶のお稽古をはじめた私でした。
前回はいきなり花月のお稽古で(頭数を合わせる必要があったからですが、とても楽しかったです)、訳もわからず雰囲気を楽しんだに近かったですが、Mさんに袱紗を貸して頂いて袱紗のたたみ方とさばき方を家で練習しようとしてみても、できなくて、ネットにも意外とやり方が書いていなくて。今週行って、きちんと習いたいなあ、と強く思っていました。
母の優しい気持ちと、自分の悔しさから、とりあえず行ってみて途中で具合が悪くなりそうだったら帰ろう、という結論に達し、とりあえず家を出ます。
家を出ます・・・というのも実は一苦労です。
なぜかというと、日本人の方に会うときが一番服装に気を遣うからです・・・。
特に日本人の女性の目、って厳しいですよね。
茶道に通ずる、日本人の美意識の高さの表れでもあると思うのですが。
とにかくお茶のお稽古の日の第一関門は服装選びです。
更に普段はかない長い丈のスカート(私が習っているところではお稽古のとき着物は着ません。)、それに合うトップスを探すのにも一苦労だし、お稽古の時に邪魔にならないような袖丈とか髪型とか・・・。あれこれ考えるのに30分くらいかかります(ちなみに出勤前の朝の私の服を選ぶ時間はおそらく5分程度です。)

さて、私は自他共に認める方向音痴です。
新しい土地に行くと、迷って、がむしゃらに歩いてみてその地理を覚えるという乱暴なやり方をします。
(私が今いる都市は坂が多いので、この方法は正直きつかったです。)
先生がお稽古してくださる、先生のご自宅へ辿りつけるか、が今日の第二関門でした。
先週はMさんが連れて行ってくださったので、今週は1人で行ってみようと思い、グーグルで行き方を調べて、それから地下鉄の駅を出たあとに辿らなくてはいけない通り名を4つ、呪文のように覚えて、方向音痴の私にとっては珍しくも先生の住む目的の通りへ無事に迷わず到着音譜

到着!!

あ、あれ・・・?

さすがに目的の通りに来たらどの建物だったかくらいは覚えているだろうと思っていて住所をメモして来なかった愚かな私ガーン自分を過信していました。

候補は4つの建物。ひとつひとつ玄関口に辿り着く前に鉄の門があって、ひとつひとつ開けていくのはご近所さんの目もあって、とても恥ずかしい。私、怪しすぎる。ガーン

お約束どおり4つ目の建物があたりでした☆

そして更に・・・。

インターホンで先生のご自宅のベルを鳴らして、先生に建物の玄関口のオートロックを開けて頂きました。
私の頼りない記憶では入って左方向に行った覚えが。先生のご自宅はB棟。ここで私は普通ならA,Bと左から右に分かれていると考えると思うのに、その不確かな記憶のせいと、それから通りの建物の番号が右から左に減っていっていたので、なぜか左側がB棟と思い込み、建物中先生の部屋を探してしまいました。記憶では3階だったのに、その階に先生の表札がなく、2階にもどり、今度は4階に行ってみて、5階も見て、6階もみて・・・とうろうろすること10分。この時点でようやく己の間違いを認め、右側の方の棟へ。(3階、っていうのは当たってたよ!)建物の中ですら迷う私って一体・・・。ガーン
外の気温は零下なのにうっすら汗ばんで私は先生のお宅へ。

私がインターホンを鳴らしてから10分も現れないので心配してくださった先生は、1階まで様子を見に来てくださったのだとか。ほんっとうに申し訳ありませんでした、先生!!

今日は来るといっていたはずのMさんもNさんも、前回一緒だったお二人のご婦人も、誰一人いらしておらず(お風邪とか急な用事らしいです)、なんと来たのは私ひとり!
丁度良いから、とマンツーマンで基本(袱紗のたたみ方、さばき方、茶巾の洗い方、たたみ方、花盆を使う時のお道具の置き方など)を教えていただけました。
そうこうしているうちに、ここの国の女の子で日本語を勉強しているというLちゃんがやって来て(先生のお話によると彼女はコスプレで賞を取ったことがあるそうです。先生の口から「コスプレ」という単語が出てくるとはまさか思わず、聞き返してしまいました。すると、「あら、ご存知ない?」とお上品な先生でありました・・・。)、Lちゃんも海外に行っていて3ヶ月ぶりのお稽古ということで、基本をおさらいしたあと、お茶を立ててくださいました。
美人だし体が大きいので姿勢を正すと、かなりカッコイイキラキラです。
でもやっぱり、育ってきた環境の影響というか、日本人女性のような柔らかい動作が難しいようで、先生に脇にたまごをはさんでいるような感じでね、と言われていました。それ以外は完璧で、昨年の9月から始めたのに、すごいなあ、と思いました。
そこで先生のお友達もお稽古に参加してくださり、とうとう私がお茶を立てることに!
ひとつひとつの動作を先生にご指導していただきながら、だったので皆様を余計にお待たせしてしまいました。
でもとても良い経験になりました。ニコニコなんだか心が清らかになるような感じがします。
前回に引き続き足の痺れに、正座慣れしていない私はかなり悩まされましたが。
痺れるというか足がどこにあるのか判らなくなります。汗

10時半に始まったお稽古は2時半まで続き、更にその先生のお友達のお友達がいらして、これからお二人で観に行くという映画のタイトルを私が言い当てたので「一緒にいらっしゃいよ!」と誘って下さいました。とにかく急ぐから早く早く!と仰るのですが、お片づけが途中だったので躊躇していると先生があとは私がやりますので、いってらっしゃい!急ぎなさい!とほとんど考える間もなく、ばたばたと都心部へ。

結局映画は今日が公開のもので、オスカー最有力候補といわれているものだったで、チケットが手に入らず、結局母よりも10歳ほど年上のご婦人お二人と、遅いランチ・お茶をしながら5時過ぎまでお喋りさせて頂きました。お年上のご婦人の言わば「女子会」に参加する機会など今までなかったのでなんだかとても新鮮でした。お二人ともだんな様がこの国の方なので、もう40年以上も住んでいらっしゃるので、この国のことを色々と教わりました。

私のいる国はヨーロッパの中でも移民に寛容だと言われている国なのですが、移民の教育や医療費はみな税金でまかなわれているので、景気が少し悪くなってきたご時世、この国の人も移民の受け入れを厳しくする気持ちが強くなっているそうです。私の前いた国でも同様な風潮で、私が残念に思うのは、両国とも留学生が来にくいように法律が変えられてしまったこと。どちらかというと留学生は外貨を持ってくるので害よりも利の方が多いのではないかとも思うのですが。

移民に寛容でなくなりつつある背景にはイスラム過激派のテロも一役かっています。私のいた・いる両国で、その国で育った移民二世によるテロが起こりました。ただで教育を受けさせてもらっていたのに。両親のいた国よりもきっともっと安全で住み心地の良い暮らしを与えられていると思うのに。イスラム系の人の中では「余裕のある人が弱きを助けるのは当然である」という考え方がある、ということを聞いたことがあります。日本人的感覚からすると、その余裕のある人がその台詞を言うのなら素敵ですが、助けてもらっている側が少しも感謝の気持ちを感じず「当然」と受け取るのはなんだか傲慢な気がします。日本には「郷に入っては郷に従え」という諺がありますが、イスラム系の人々、それからトルコ、アフリカ、中国からの移民の人たちの間でそういう感覚はあまりないようで、自分の国の文化や常識をそのまま持ち込んでその国の社会に溶け込む努力をしない傾向があるようだ、とお二人は仰っていました。お二人ともこの国の学校の職員として働いていらっしゃった・るので、そういった移民の子たちのご両親と触れ合う機会も多く、とても戸惑った、と仰っていました。

割とまじめな話が多かったかな。でもすごく勉強になりました。
「お嬢さん、またお茶しましょうね」と言ってお別れしてくださったのがとてもうれしかったです。ニコ
大変ご無沙汰しました!!

ほとんど自分の記録用につけている日記ブログなので、誰に迷惑をかけるわけでもないけれど。
なんとなく罪悪感。いや、敗北感・・・?
人生に迷って自信がないとき、日記を書くことで頭の中を整理できたりもしたけれど。
そんな次元をこえて、あまりにも一杯一杯だと、自分の書いたものを客観的にみることがとても怖かったりして、ブログに向き合えなかった。しょぼん

さてご無沙汰した間何があったっけ・・・。

六月、就職活動失敗の連続。学会でLちゃんと再会。音譜

七月、ヨーロッパの別の国で面接。すんなりと合格するも長年暮らした国と前の研究室の人たち、ともだち、Oくんと別れるのがつらくて、最後の望みをかけて地元で就職活動するも、不合格。OくんはCocoが今いる国で就職活動している間、家賃を僕が負担してもいい(だからもっと長くそばにいてほしい)、とまで言ってくれたのだけれど、私だって働いている訳だし(九月以降は確かに無職になりますが。。)、それに将来の約束をしている関係というわけでもないのに、金銭的に彼に頼るのはどうしても間違っている気がして、それはお断りした。それから、Oくんは七月のある日、大きなショックを受けて、普段しないのに職場に電話をかけてきて、ちょっと今から五分だけ会えない・・・?と言ってきた。何事かと思って、ボスに許可をもらってから慌てて病院の入り口まで会いに行くと、なんとつい先ほどOくんのお姉さんに赤ちゃんがいることが判明したのだそうだ。OくんとOくんのご両親は大ショック。えっ赤ちゃんは十一月後半に生まれる予定だそう。お姉さんは妊娠したことをその時まで家族に話さずにいたことで(色々事情があるのだけれど)Oくんのお父さんはとても怒ってしまっているらしい。

八月、新しい国、職場に向かう準備と前の研究室での仕事を終わらせるのであっという間に一ヶ月過ぎる。ようやくアパートが見つかり、Oくんが一緒に見に来てくれる。八月の後半、半年の記念日に実はOくんと喧嘩をしてしまった。ディナーに連れて行ってくれたのだが、そこでOくんは「もしCocoが自分と同国人だったら、婚約もせずに海外に行かせたりなんかはしない」と。私はすごくショックだった。分かっていたことだけど、そうかOくんにとっては私は同国人じゃないから、将来のことを考えられないんだ、と。私は半年がたって、彼はそうじゃないかも知れないけれど年齢的なことを考えて結婚なども真剣に考えて行きたいと思っているから、そういうことなら遠距離恋愛なんてやめましょう、と言った。お互い将来のことを考えられない相手とずるずると遠距離恋愛なんてしてもあとで後悔してしまうような気がする。Oくんにとっては今まで誰にも言ったことがないような台詞で、自分なりにCocoへの想いを表現したつもりだったのに・・・ということだった。彼が嘘をついているとは思えないけれど、彼の真剣に考えた上での素直な台詞がそういうことだったのがますます、ちょっと悲しかった。

九月、Oくんの母国に旅行する。彼の親友のご夫妻にあったのだが、私は奥様のほうとお喋りするつもりでいたのに、だんな様の質問攻撃にあった。彼的にはどこの誰とも知れぬアジア人の女が俺の親友を・・・!みたいな敵意をうっすらと感じた気がした。それだけOくんは親友に想われてる、ってことなんだろうけど。なんだか疲れた。。Oくんのお家に泊めて頂いたのだが、英国にいるOくんの親戚(Oくんのお家の正式なオーナー)の方たちも同時期にいらしていて、お夕飯など一緒にさせて頂いた。私はこのご夫婦が大好きで、それまでにもOくんに誘われるまま、一緒に飲みにいったり、そのだんな様の所属するオーケストラのコンサートを聴きに行ったりもした。Oくんの生まれた街にはOくんの28年以上もの人生がつまっていた。少し歩くたびに「僕はここで○○をした」というOくんの所縁の場所が。まるでOくん生誕地・所縁の地のツアーのようだった。そのあと一週間もしないうちに、新しいボスに急かされて新しい国へ出発する日が前倒しになり、慌てて引っ越す。Oくんはその間研修で国内の別の場所へ。段ボール箱が積み重なった自分の部屋で寝られず、最後の日はOくんの部屋で寝かせてもらった。到着直後、新しいボスに関して恐ろしい噂を何人もの人から聞く。「つらかったらいつでも一緒にランチ食べにおいで」「ひどいこと言われても気にしちゃだめだよ」「今まで何人もの優秀で性格も良かった人たちがやめていった。」「1年以上もった人はいない。」など。ガーン 前の国でお世話になった友人(というか「先輩」)に、新しい国在住の小学校の時からのご学友、Hさんを紹介していただく。彼女にこの都市で顔の広いという、研究もしているお医者さま、Y氏を紹介していただく。

十月、新しい国は北国なのでどんどん日が短くなる。今までのように自由に研究ができず、ボスから頼まれる事が多過ぎて、へとへと。更に前の研究室では私がほぼ最年少だったのに、今度の研究室には私とボス以外はみんな学生さんで、どちらかというと指導する立場に。EMちゃん、EVちゃん、Tちゃん・・・とみんな良い子なのが救い。みんなサッパリしていてすごく可愛いし。お誕生日に送った荷物が届くはずだったが、トラブル発生。せっかくOくんが来てくれたのに、待ちぼうけのお誕生日だった(くすん)。ディナーは地元の飲み屋さんで鹿肉とワイン。意外と美味しかった。お医者様の紹介で日本人研究者のお集まりに参加。二次会で26歳にしか見えない(でも実は3つ年上)女医、Mさんとお友達になる。研究所の新入生のためのコースで会ったNさんとも再会する。新しい国で食べ物がよく分からず、パスタばかり食べていたら太ること太ること。道が凍って外で運動もできないし。

十一月、午後3時には暗いってどういうこと。朝日が昇るのが7時ってどういうこと。紅葉した木々の上に雪が・・・?マイナス15度ってどういうこと???!なんだか気持ちが落ち込んでつらい。ボスの横暴さもつらい。なんでこんなとこに来ちゃったんだろう。。。めそめそ。Oくんとの関係も、これからどうすれば良いんだろう。。。Oくんがまた週末だけ遊びにきてくれて、お散歩したり映画を観に行ったりした。Oくんとは週三回スカイプで話す習慣ができた。Oくんのお姉さんに赤ちゃんが生まれる。Oくんはクリスマスに実家に帰って自分の姪に会うのが怖いらしい。クリスマスプレゼントはいらないから、姪っ子さんを抱っこしている写真を送ってね、とリクエスト。にひひ音楽のTさんと久し振りにスカイプで話したら、私が彼に期待を持たせるようなことを言った、と怒られてしまった。彼とはどうしても、今はとにかく友達でもいられないらしい。

十二月、年末に日本に一時帰国することだけが希望のひかり。あ、でもMさんとNさんと日帰りでスキーに行った日はとても楽しかった。Mさんと来年一緒に旅行に行く約束をする。久し振りに長年暮らした前の国へ戻って、前の研究室のクリスマスディナーに参加する。ディナーの前に前ボスとミーティングをしたのだが、彼はあいにく機嫌が悪く、最悪のミーティングになってしまった。。Oくんと一足先のささやかなクリスマスのお祝いもした。Oくんの姪っ子さんのプレゼント選びも手伝った。赤ちゃん用の洋服って可愛すぎる。その後日本に一時帰国する前に話した時に、Oくんと彼の女友達の事で喧嘩。ひとりはOくんが昔何年間も片想いしていた女の子。もうひとりは男の子にチヤホヤされるのが大好きで彼氏がいるのにOくんにちょっかいを出す女の子。嫉妬深いのかもと自分でも思うけど、Oくんにその二人とあまり関わって欲しくない。クリスマス直前、大雪の影響で飛行機がなかなか飛ばなかったりして冷や汗をかく場面も多かったが、無事に帰国。帰国して家族のありがたみを実感!日本最高!祖父の具合がかなり悪いことがとても気がかり。なんだかとても日本に帰りたくなってしまった。

一月、祖父と再会。とても弱ってしまっているが、私がお土産に買っていったチーズを一杯食べてくれてとても嬉しかった。家族と伊豆・天城へ旅行。家族って最高。家族飲み、最高。Oくんとは日本にいる間二回スカイプで話した。両親にOくんのことも話したが、Oくんが割と最近まで共産主義だった国出身であることによる価値観や文化の違いを母はすごく心配している。二月後半に付き合って一年目になるので、そのときにけじめをつけよう、と決意する。ところがお正月明けにOくんが私の気にしていた女友達二人とそれぞれ二人きりで会っていたことが判明。しかも私が「もしその二人と母国で会ったりしたら、そんな話聞きたくない」と言ったのを間に受けて秘密にしていた。二月にけじめをつけるつもりだったが、私が嫌だと訴えたことを無視してしかも内緒にしていたOくん。よく考えた末、別れを切り出した。一週間後にはOくんが週末に遊びに来るはずだった。メールで別れるのは嫌だから、会いにいってもいいか、とOくん。それまでの間何度もメールのやりとりをした。普通の男の人だったらすぐに匙を投げて、更に私に嫌悪感を覚えただろうと思うのに、Oくんはそれぞれのメールに時間をかけて返答してくれた。更に色々と話し合った結果、付き合い続けることを決め、Oくんと再会。一緒にいる間は映画を観に行ったりスキーに行ったりして平和に過ごす。MさんとNさんのご紹介でなんと茶道のお稽古に参加。足がすごくしびれて恥ずかしかった。ショック! その間、MさんとNさんを家に招いて鍋パーティー。日本から持ち帰った日本酒二本が1時間もたなかった!Mさんは小さな体なのにすごい酒豪なのです。Mさんのご紹介でMさん以外初めて会う方たちばかりの女子会にも参加させて頂きました。

二月、滅茶苦茶忙しいけれど、ようやく仕事にはなれてきた。これからもっと研究者同士の社交というか政治というかそういうものも頑張らなくては!一月に頑張っていた毎日の体操の時間がOくんが来た週末以来ストップしてしまっている。再開しないとどうも体調が悪い。。。・・・とそんなところかな?


今朝は大ボスが論文とポスターの手直しを手伝ってくれて、久し振りに彼の「マジック」に感動した。彼が手を入れると文章が輝く。

ちょっと早起きして仕事に行ったので燃料切れが早かった。
帰宅前の一時間程、職探しに費やしてしまった。
探す範囲を広げてみると、私よりも友達に良さそうな公募が沢山見つかった。
私が受けられそうな公募は・・・ふむふむ。場所は・・・ニュージーランド。えっ

仕事の内容、働く人、そして住むことになる環境も意外と馬鹿にできない。
綺麗なところかも知れないけれど、どの友達よりも、家族よりも離れた場所。
でも英語が通じるから言葉の心配はない。
勤務先を口実にした大陸的(?)ひきこもりになれそう。
余程気分が晴れないらしくて、案外それも静かで良いかも、なんて思う。
(多分一週間で寂しくなって後悔するんだろうけど。)

今朝はOくんが「一緒に行こう」と行ってくれて、初めて(?だったかな)一緒に通勤した。
お弁当を作る時間はなかったけど、朝の仕事がはかどったし、M氏とランチに行けた。

スカイプで某国にいるMさんと久し振りに話して、相変わらず彼の独特でユーモア溢れる愚痴と世間話を聞いて心なしか気分が晴れた。思い切りお喋りできる相手に飢えてるんだなあ・・・。
色々不安で、とりとめのないことを思い切り話せる相手がほしい時、ってあるよね。
そういえば、運動不足ももやもやの原因の一つかも。
明日辺りジムにいこうかな。うん、そうしよう。

Oくんと通勤するのはちょっと気恥ずかしかった。Oくんの働いている建物の前で、おでこにキスしてくれたけど、良いのかな良いのかな。私だけ焦って、ぎこちない。

昨晩はOくんがKOLYAという映画をみせてくれた。チェコ語とロシア語の語感の違い。なんとなーく違う気がする。(違いを説明できるほどは解らない。)話の内容が、ちょっとELEGYにも似てる。良い映画です。おすすめ。プラスチックの(だから錆びない)車のこととか、ところどころでOくんが説明をつけてくれた。Oくんの育ってきた環境は、私の贅沢な東京での幼少時代と対照的だ。Oくんが小さい頃、ちゃんとしたイルカのぬいぐるみが欲しかったのに、ようやく買ってもらえたイルカがピンク色でそれがすごく嫌だったことを前に話してくれた。彼が十二歳の時まで共産主義だった国なのだ。どんな内容でも、Oくんと映画を観るのがとてもすきだ。Oくんが家で作った、というケーキも食べさせてもらった。なんだか甘すぎず、ちゃらちゃらしていない独特の味付け。三層になっていて、一番上はクレープみたいな層、真ん中はクリーム・チーズにレーズンの層、一番下はココアっぽい層。

CocoはOくんのどこが好きなんだ?M氏に聞かれた。
今まで付き合った人の好きだったところを並べてみると、自分に必要なパートナーの性質が分かるよ、分析してごらん、と。
私がちゃんと付き合った最初の彼とOくんは、

○居心地の良さ
○思いやりがあって面倒見のいいところ
○素直で嘘をつかないところ
○几帳面なところ
○シャイで不器用に見えて、社交的なところ
○何か得意なことがあるところ
○私の行きたい旅についてきてくれるところ
○フェアなところ
○論理的であまり感情的ではないところ
○でも情に厚いところ
○家族の影響で女性慣れしているところ(母や姉と仲が良い)
○ちょっと古風なところ(男はちゃんと定職についてから家庭をもつ)
○手先が器用なところ
○ときめきはないけど、穏やかな愛情
○好みや考えることが似ている
○背がすごく高い(最初の彼は日本人なのに190cm、Oくんは2m近い)

などなど。数えたら好きなところは沢山ある。
弱点は

●密度の高い付き合いなので他の社交が疎かになりやすい
●お互い刺激し合って切磋琢磨できる感じではない
●感情表現が不器用で自分の感情については話したがらない

とあまりない。

他の人は:
○女性に割りと人気がある
○話がすごく面白い
○社交的すぎるくらい社交的
○刺激的で学ぶところが多い
○仕事がデキル
○リーダーシップがあって、人気者
○スポーツマン
○何事にも器用でさまになる
○将来偉くなりそう
●マイペースだし強引なので私が合わせることが多い
●自分勝手になりがちで思いやりに欠けるところがある
●自分にゆるぎない自信がある
●自分のことばかり話す

と結構正反対なタイプ。

付き合った長さで言えば、一番最初の彼が長い。
でも、どこか(単に成長段階とかタイミングの問題かもしれないけれど)合わないところがあったから、今は一緒じゃないんだよね。

日曜日は熱っぽかったけれど、Oくんが祖国から帰ってきたので駅まで迎えに行った。暑いのにスーツ姿(ネクタイも締めてる!)だったので驚いて思わず爆笑してしまった。(おい)にひひ
スーツ姿、すてき!とフォローした(ほんとに素敵です)けど、手遅れだったようだ。
会いたかったよ、という気持ちがひとつになったとき、そこにある愛情の感触がした。

今日はとてもお天気が良かったし金曜日だったからか、研究室の人たちが大ボス以外みんな5時前に帰宅して、かくいう私は予定よりも仕事が早く終わっていたにも関わらず、忙しくなると予想して何も週末の予定を立てていなかったので、日が傾いて外の光が優しくなるまでなんとなく研究室に残っていた。

寂しい気持ちが募る。
誰かと話したいけれど、気軽に電話して飲みにいける友達が思い浮かばない。
飲みに行こうにも、私の数少ない「気軽に話せる」友人たちは今香港、スペイン、ベルギー、アメリカ、タイ、韓国、日本・・・と色んなところに散らばってしまっている。

「気軽に話せる」くらいに普段からマメに連絡を取っている訳でもない。
遠距離で連絡を取り続けるのが極端に苦手な女だ。
変に傷つき易くて、友人に対する片想いが怖いのかも知れない。
自分で極力ひとりになるような状況に自分を追い込んでいるので、こんな時話し相手がいなくても仕方ない。

どうしても寂しくてポスドク先輩の方たちに来週飲みに行きませんか、とメールするとSさん、Oさん、Kさんがお返事をくださった。Kさんが月曜日にお付き合いして下さるそうで、飲みの約束をして頂いただけでなんだか心が少し軽くなった。(Kさん、お返事くださったOさんとSさん、ありがとうございます。)

同僚のM氏が電話をくれて明日の夜一緒にBBQをしようよ、と誘ってくれた。ありがとう(涙)

私は「恋人」ができると情緒不安定になってしまうらしい。
心から「恋人」と呼べる人ができたら、きっとその人のことばかり(でも仕事と半々くらいかな)精一杯尽くしてしまって、今より更に友人との時間を疎かにしてしまいそうで怖い。

Oくんと離れてみて、Oくんがいてくれることは素敵だけど、Oくんといると私は自分を見失いがちになってストレスを溜めていることに気がついた。
Oくんとの時間を作ることを理由に、気が向かない社交を避けてしまったりする。ひとりだったら、どんな気が重そうな誘いでも取り合えず顔を出すのに。

ボスはOくんとの今の関係をそれ以上でもそれ以下でもなく味わって、多くを期待せず(将来のこととか)、ただただ今一緒にいる時間を楽しめば良いよ、とアドバイスしてくれた。Lちゃんは一緒に長く時間を過ごしたら気がつかないうちに恋に落ちてしまうかも知れないよ、と言った。M氏はcocoはOくんといることで、Oくんに気持ちが依存してしまうことが怖いんだろう、と分析した。

みんな当たってると思う。

Oくんと過ごせる時間は温かい。でもなくても平気。
Oくんも馬鹿じゃなくてすごく冷静な目を持っているから、きっとこの関係をシビアに観察していると思う。
私がやめたい、って言ったらきっとすぐ手放してくれる。

恋に落ちないように気をつけながら、「付き合う」って恋愛を冒涜しているような気がして罪悪感に苛まれる。Oくんのことを人として好きだし、イルカ同士みたいに気が合うし、一緒にいてラクだし、可愛がってくれるし、愛おしく思うし、そこに純粋な気持ちがない訳じゃない。情熱的に恋をすることを許されたら、恋できると思う。もっと深く愛せると思う。でも、それはおあずけ。

そして心が迷う。祖国を愛しているOくんは、祖国で可愛いお嫁さんを見つけるのが一番良いと思うし幸せなんだと思う。今回Oくんが国に帰る前に余程、「友達に戻ろう」って言おうかと悩んだ。私の存在がOくんが祖国の子と恋をする邪魔になるのじゃないか、と。でも多分そんなことない。Oくんも狂おしいほどに私を思ってくれてる訳じゃないし、そういう女性に出逢ったら、きっと心を痛めながらも私を切るだろう。そう思って、結局言わなかった。今の彼との関係はたとえ一時的でも、なかなか得られないものだと思うから。

日本に帰ることを怖がっている私は、日本人の男性に心奪われて、両親の存在のほかに2つ目のモチベーションが出来る、なんていう都合の良いシナリオを密かに期待している。期待しているどころか、そういう人が出来たら日本に帰ろう、みたいな曖昧な計画を立てていた。そうしたら思いがけずOくんとの関係が始まった。寂しさを埋め合うだけの関係に見えるかも知れないけれど、(うまく説明できないけれど)それだけではないように思う。

ハウスメイトと付き合うなんて面倒な事だと思って躊躇したし、彼が日本人じゃない事でも躊躇したし、彼が去年の恋の亡霊を二つも抱えている事でも躊躇したし・・・それだけ関係を始めない理由があったのに、私はアッサリと付き合ってみよう、という気になった。親友でも良かったのだけれど、恋人という関係の方がOくんをよく知るのに便利だったのかも知れない。

Oくんのフェアなところとか、正直なところとか、紳士的な精神とか、古風な男としてのプライドとか、素直で甘ったれなところとか、古くから親しんできたことを大事にするところとか、記憶力がよくて博識なところとか、私にないものを沢山感じてOくんに感化されたかった。Oくんは自分の外見に全く自信がないみたい(コンプレックスすら感じているきらいがある)だけれど、私はOくんを綺麗だと思う。彼の内面も外見も、一緒にいて心が洗われるような気持ちにさせてくれる。

キスしてもさらっとしていて、手を繋いでも家族と繋いでるみたいで、情熱とはかけ離れているけれど、なんだか同志、というか、育ってきた環境や性格がすごく違うのに、なんだか考えることとか感じることがとても近くて、物凄い親近感を感じるのだ。

最初から恋じゃなくて仲間愛みたいなものなのかも知れない。たまたま異性だっただけで。

きのう久し振りにハウスメイトのRくんと話していて、彼のハンサムな笑顔にちょっとときめいた。Rくんは9月からアムステルダムに就職先が見つかったのだそうだ。Lちゃんが研究室に連れてきたスペイン人のJくんもすごくチャーミングな人で、どきどきしてしまった。でもどきどきするだけで、しばらく一緒にいたら疲れそうで、ずっと一緒にいたいと思えない。Oくんは白いご飯みたいな存在。

私とOくんの関係は、恋愛を冒涜しているのかなあ・・・。

そういえば私にしては珍しく打算的じゃない。Oくんと一緒にいて得することってあまりない。
日本人の男性と近づく機会をみすみす逃していると思うし。
いつか(ちょうど私の30歳の誕生日のちょっと前くらいかな)離れ離れになって終わってしまう関係で、少なからず私は悲しい思いをすると思う。でも穏やかな愛情がそこにある。なんとも新しい珍しい感情と体験だ。

お医者様で研究者のYさんに、「臨床と研究を両方追及しようなんて、両方を冒涜した考え方だと思う」と言われてしまった。私が学士編入でお医者さんになりたい、という相談に対する答え。

30歳って若いようで、でもすごく「時間がない」ような気もする。
これからの6年間、あっという間かも知れないけど、6年間また学生をして6年後にこの「不確かさ」を体験するのは随分な賭け事で自分に対して酷なことのようにも思える。

幸せになりたいし、ちょっとでも幸せをつくれる人になりたい・・・。

漠然とした夢しかなくて、方針が決まらなくて、悶々としている自分はかっこ悪い。
もともとカッコイイことなんて滅多にないけど。
恋人いる? ブログネタ:恋人いる? 参加中

いるような、いないような。

そもそも「恋人」ってなんだろう。かお

両想いの相手?

両想いの相手でも事情があって付き合っていない二人もいる。

付き合っていても二人の間に決定的な違いが見えていて一生続くとは思えない関係もある。

プラトニックな関係でも恋人?

出逢ってからわずかで遠距離になっても恋人?

要するにお互いの気持ちの持ち様なのだろうけれど。

人の心は日々移り変わると言っても過言ではない。

私の「恋人のような」ハウスメイトは、今祖国にいて、祖国の友達の輪の中で幸せそうだ。

私はそれだけ長い古くからの「友達の輪」って持っていないから、よく解らないけれど、たぶんとても温かくて、一生大事にしたいものなのだと思う。

彼にとって祖国に帰ることは幸せなことなのだろう。
私が根付きたい場所は、まだ決まっていない。

今は励ましあったり慰めあったり一緒に映画を観たりする「パートナー」だけど、今いるお互いにとっての「異国」にいる間だけの関係なのかな。

恋人いる?と尋ねられて、うまく答えられない自分がいる。

ふう。すっきりしました。愚痴を聞いてくれてありがとうございます。

自分の気持ちを綴っていて、私は相当打算的な女なのかも、と思った。
基本的に怠け者なので、2つ以上プラスの面が見えないと私は行動しない。

人間関係においては、与えるばかり、与えられるばかりの関係は私のポリシーに合わない。
たとえばポスドク先輩には色々教わってばかりだけれど、自分がこの大学に長くいる(博士とポスドク)ことを利用して、情報収集に目を光らせて、誰かが興味のありそうな情報を流すことにしている。その位しか今はお返しできないけれど、私は受けた恩を覚えているつもりだ。論文でレフェレンスを書くのと似ている。○○さんが教えてくれたこと、というように自分の中で記録している。

恩を与えてくれた人に必ずしも恩を返せる訳ではない。(例えば両親から受けた恩恵はおそらく一生返し切れない。)でも少なくとも感謝している気持ちとか、恩を返したい気持ちは伝えたい。

音楽ボーイのTさんは、先輩と後輩の関係は、先輩から受けた恩を後輩に受け渡して行くのだ、と言った。そういう上下関係の美徳や利点も見えはするけれど、私の趣味に合わない。その人に受けた恩はなるべくその人に返したい。後輩や、後輩に限らず、自分が助けてあげられる人に優しくするのは別口だ。そもそも受けた恩は返して、自分が与える恩は返されることを期待しない人間でいたい。

でも、そういう人間に寄ってくる「テイク」したいばかりの人に、私は敏感だ。利用される人間にはならない。

Tさんは自分のブログに、後輩に甘えられるけど、自分が甘えられる人がほしい!と最近書いているし、前に彼がそう言っているのを聞いたことがある。思い上がりと勘違いかも知れないけれど、彼が私を好きになったのは、去年私が彼に優しくしていたからだと思う。彼にとって私は「ギブ」してくれる存在なのだ。私は彼が傷つきやすい、と公言しているので云いたいことが言えない。彼を「叱る」キャラは別に存在するのだ。私は彼にとって優しい存在であり続けることを求められているような気がしてならない。そして彼の要求に応えられない素振りをすると、彼はだだを捏ねる子供のような表情をする。ちょっと苛っとして、私は怖い。私は「ギブ」してくれる存在で、彼は彼のお姫様たちに「テイク」される存在なのだ。

打算的、なのかも知れないけれど、私の頭の中に

わたし → Tさん → Tさんの姫君たち

というエネルギーの流れの図表が描かれて、そんな底尽きないエネルギーを発していられる自信もなく、昨年から「好き」な気持ちを持ち続けてくれた彼にシツレイなのかも知れないけれど、彼の二度目の告白があまり嬉しくなかった。

とても良い人だと思うし、世話が妬けるけれど憎めない存在で、友達としてなら出来る限り「ギブ」したい。でも恋人として母親みたいに惜しみない無償の愛情を与え続けることなど私にはできない。友達でいたい私の気持ちを無視して「好き」というTさんが憎らしくすら感じた。今は正直会いたくない。でも何事もなかったかのように友達として接して忘れるのが一番良いのだと思うけれど・・・。

「好き」、つまり「欲しい」と思ってくださる気持ちは伝わったけれど、私のことを「幸せにしてあげたい」とか私を楽しい気持ちにさせてあげたい、というような気持ちが全然伝わってこなかった。こんなに夢のない告白、ってない。彼は彼なりに真剣だし、その気持ちは純粋なのだろうから、私の感じたことを失礼にならないように伝えることができなかった。そもそもこれは全て私の印象であって、彼の気持ちは別なのかも知れない。

でも自分本位の告白、ってあまり嬉しいものじゃないし、カッコいいものじゃないな、と思う。これは自分にも言えることで、誰かを心から好きになったとき、やっぱり基本として「相手の幸せを考える」ことは大事だと思う。

ギブ・アンド・テイク、って打算的だけれど、お互いを喜ばせあって良いエネルギーの交換ができる関係が長続きすると思うし、お互いを幸せにできる関係だと思う。ギブとテイクも、目に見えるような単純なものじゃなくて、もし私がTさんにぞっこんだったら、いくらギブしてもギブすることが私の喜びとなり、尽くすことで与えられる、そんな状況になれるのかも知れない。やっぱり、私にとってはどうしても恋できる相手じゃないのかも知れない。
今日はちょっと愚痴気味、ハッサン系日記です・・・

音楽を聴く気にもなれず、仕事をして、家に帰って、時々ERちゃんとお喋りしながらご飯食べたり、TV観たりして、ちょっとネットを見て、シャワーを浴びて、遅く帰ってくるOくんとちょっと喋ってから就寝・・・。そんな毎日の繰り返し。我ながらあまりハリのない生活。

結構自信のあった論文は投稿してから3日でまさかのエディター落ち(専門家に審査される前に、科学誌の編集者に「我々の誌向きではありません。残念ながら・・・」とお断りされること)で、ちょっとあっけに取られて、ちょっとがっかり。共著者の偉い先生は「良い論文でどこを直したらいいのかわからないわ」と言ってくれて、落とされてしまった科学誌よりもレベルの高い科学誌に投稿することに決まったのだけれど、別の科学誌に投稿するとなると文字数を半減しなくてはならない。自分の論文のサマリーを書いているような気分・・・。

確かに文字数が少ない方が洗練された論文になるし、読み易い。でも全ての研究が3000字で収まる訳でもないと思う。科学誌には印刷費用がかかるため、ページ数の制限があるから文字数制限を設けざるを得ないのも理解できるけれども。

初めて患者さんからのデータ採取をしたり、新しい解析法を使ってみたり、それなりに仕事における経験は積めているし、毎日それなりに充実しているようにも思える。夏になってお天気も良い。もっと明るい気持ちでいられても良いはずなのに・・・。

おそらく私がちょっと悶々としている理由は8月末まで延ばしてもらった契約期限、ほぼ三ヶ月を目前にして、まだその先どうしたいのか決められないでいるからだ。次のステップの選択肢を自分のために整理すると・・・

○ファンディングを見つけて今の研究室に残る (理想的。でも締め切りと不確実さが弱点。)
○同じ大学で仕事を見つける (今のボスと大ボスと繋がっていられる。Oくんとももう少し一緒にいられる。でも上手い具合に空きポストがあるとは限らない。)
○同じ国で仕事を見つける (新しい環境になって人間関係も再構築することになるが、言語の問題はない。)
○別の国で仕事を見つける (言語や環境の変化など刺激的だけど大変な事も多いので、よほど情熱を傾けることができる研究内容・ボスでないと難しい。)
○日本で仕事を見つける (14年間の海外生活で日本の上下関係など、母国でカルチャー・ショックを受けるのがとても怖い。研究の現場において、女性でジュニア・ポスドクが苦労する話もよく耳にする。両親ともっと時間を過ごすことが出来るのが唯一のメリット。)
○今いる国で医師免許取得を目指す。(精神疾患の研究をする上では大事なこと。直接患者さんの役に立てるのも魅力的。でもきちんとした覚悟とやる気が必要。今いる国に根を下ろす覚悟も必要。)
○日本で医師免許取得を目指す。(とても忙しくなる。上下関係も想像を絶する。でも将来日本で暮らして生きていく覚悟なら、悪い選択肢ではないかも知れない。金銭的・時間的な投資が大きいので生半可な気持ちではできない。)

キャリアのことだけじゃなくて、将来どこに住みたいのか、とか家庭を持ちたいのか、とかそういう要素も軽視できない。そうしてますます頭がこんがらかってくる。

今朝Oくんは卒業式に出るために、祖国に帰った。ちょっと寂しいけれど、ひとりで静かでいられる時間が実は結構嬉しい。束縛されてる訳じゃないけど、ハウスメイトなのでなんとなく理由もなく「今日は会いたくない」と言いづらい。

音楽ボーイのTさんがまた「好きです」と言ってくださって、私は驚いた。Oくんとの関係を説明するのがとても難しかった。一時的なパートナーシップ・・・?

正直Oくんとのことも、分かってはいたけど、ちょっと悩む。余計にややこしくなるのが嫌なので、物理的な関係になるのは断っている。励ましあったり、優しくできる存在、優しくしてくれる存在、それはとても素敵なことなのだけれど・・・。Oくんは、

「自分の将来のことが決まっていないので、本当は責任を持って付き合えないから告白すべきじゃなかったのか、と今でも悩むことがあるけれど、cocoがこの国での生活を明るいものにしてくれているし、cocoのような人が少なからず僕のような者を想ってくれている、というかけがえのないチャンスを逃さずにはいられない。人生で起こった最も嬉しいことのひとつだ。幸せだし、後悔はしていない。」

光栄だし、嬉しいけど、ちょっとかなしい。

彼の家に夏休みに泊まりにおいでよ、と誘ってくれるOくん。
友達には言ってないけどご家族には私の事を話したOくん。
彼の祖国での就職や年金の心配をするOくん。
結婚願望は強いのに、僕みたいに将来が決まっていないと結婚できない・・・というOくん。
(私は「友達」として大丈夫よ、良いお嫁さんが見つかるわよ、ぽんぽん、と肩を叩いて慰める。)
祖国から来る女友達を一週間部屋に泊める。その間cocoの部屋に寝てもいいか、というOくん。
すっぴん部屋着の私でも「綺麗だね」と言ってくれるOくん。
3年間のポスドク契約を耐え忍ぶことができない、英語の先生になると言っていたOくん。
それでも最近ボスと仲良くなってきて、自信もついてきて、とりあえず英語の先生になるオプションは先延ばしにしたOくん。
将来を約束できないから、僕に惚れ込んではいけない、というOくん。

それはとても悲しいけれど、「結婚してくれ」と言われたら、それはそれで困る自分がいるのも知っているので、そのくらいが今の私には丁度良い、とどこかで納得している。

私は今のところはまだ、Oくんに首っ丈、ではない。
比較的冷静でいられるから、良い関係だと思った。
永遠じゃない「今を楽しく」という期限付きの関係だから、大事にできると思った。
恋愛を、人の気持ちを、信じるのが怖くなっている私には「終わりが来る」と解っている関係の方が気が楽に思えた。
ちょっとした優しさが欲しかった。優しくしてあげられる存在が欲しかった。
もともと5月末で、私がこの街を去るかも知れないことを前提にした関係だった。
素直になれる関係が欲しかった。
彼は素敵だし、教えることが好きだし、音楽や映画やお散歩とか趣味も合うし、科学者同士の話もできるし、お花をくれたりワインを差し入れしてくれたり私の部屋に通じる階段を掃除してくれたりしてとてもマメだし、私が出来ることを彼にすると、その分違う形で返してくれるバランス感覚のある人で、素直な割りに良い人だし(たぶん心の綺麗なひと)・・・

・・・もし彼が日本人だったら、私はもっと積極的に将来のことまでを含めて彼との関係を考えられたかも知れない。

今は良くても、長く時間を過ごせば過ごすほど、きっと愛情が深くなってしまう。
29歳でこんな曖昧な関係を持っていて良いのかな、という自責の念が少なからずある。
両親には言えない。

そして、思う。
「惚れこまないでくれ」なんて気持ちの制限をされずに、とてもとても好きになれたら、良いのに。
純粋な気持ちを大事に出来たら良いのに。
彼のキスはミネラル・ウォーターみたいで、あまりにもニュートラル。
プリンセス・ダイアリー2という映画で「心地よいけど、火花も散らないし何も感じない」という、そんな感じ。
愛おしいぬいぐるみにキスしているような感じ。
キャリアのことが不確かで、ひどく恋に落ちてしまうのも怖いし、恋していない男友達から迫られるのもつらい。
そんな私にはある意味割り切った、Oくんとの関係はピッタリなのかも知れない。
知れないけど・・・
これは自分の恋心を冒涜しているのだろうか。
それとも落ち着いた愛情を少しずつ育む土壌なのだろうか。

「友達と呼ばれる関係に戻ろう?」
早く言った方が良いのかも知れない。
このままじゃ、自分の気持ちが膨らんでも行き場がなくて、いつか破裂してしまうかも知れない。

呆れるほど、優柔不断だ!

彼には帰りたい国がある。
私には帰りたいけれど帰るのが怖い国がある。

それでも何故か私は過去の恋の幽霊をみんな始末してしまいたい気持ちになっている。
たまらなく、サッパリしたい。新しいスタートを切りたい。

4月26日(月) 普通の仕事日。Kさんから今度お昼を一緒にしましょう、とメールが届く。年上で偉い方なのに社交辞令じゃなくてちゃんと連絡を取ってくださるなんて、嬉しい。

4月27日(火) 普通の仕事日。

4月28日(水) Kさんとお昼をする。日本で私が働けそうな場所をいくつか提案してくださる。
午後は患者さんのfMRIスキャンに立ち会う。よく喋る陽気な患者さんで、帰り際に紳士風に手にキスをしてくれた。(!)

4月29日(木) Oくんがトランペットを吹くジャズのコンサートに、ジャズ・ギターを弾くというHさんと一緒に行った。Hさんが一時間もかけて病院まで迎えに来てくださった。街の中心部が渋滞していて1時間もかかったそう。普段だったら10分の距離なのに・・・!タイ料理やさんでご飯を食べてから、コンサート会場の小学校に行った。小学校の講堂みたいなところでテーブルが並べられ、照明が落とされて客席はテーブルの上の蝋燭の光だけで照らされていて、ワインとチーズも出される凝ったアレンジになっていた。コンサート自体も期待していなかった割に、すごく良かったしOくんもかっこよかった。

4月30日(金)夜にKさんの大学・お医者さんグループと新しい女性ポスドクの方が私とTさんとほかもともとの知り合いグループに合流。私はKさんグループの「先輩振る舞い」「日本の飲み会仕様」に圧倒されて気疲れしてしまった。新しい女性ポスドクの方は才色兼備のような方で男性陣が熱いまなざしを注いでいた。

5月1日(土) BくんMちゃん夫妻、そして音楽のTさんとテニス。音楽のTさんは新しいポスドクの女の子とKさんと朝の5時まで飲んでいたそうだ。「すごく家が近いから」とその女性の家にKさんと二人で飲みに行ったのだそうだ。ふむふむ?得意げ

私は前日の飲み会の後味の悪さに苛まれていた。良い幹事役になれなかったし、日本に帰るのがますます怖くなった。先輩・後輩の関係に慣れていない!それに多分近いところで働くことになるであろうお医者様方の金銭感覚についていけない・・・たまになら良いけど・・・。しょぼん

テニスして、お昼して、BくんとMちゃんのお家でお茶して日本のファッション誌を見せてもらったりピアノを弾かせてもらったら大分気分が明るくなった。お昼の時にBくんの「女の科学者は優秀じゃない。」発言に私が大人気なく怒って喧嘩になりかけた場面もあったけど(落ち着け、自分)。

夜はOくんにVERTIGOを見せてもらった。Scarboroughで買ったしょうがワインが滅茶苦茶美味しかった。

5月2日(日) 11時までねた。そのあとボスからメールが来ていたので研究室に行って仕事した。夜はOくんとERちゃんと「お熱いのがお好き」を観た。

5月3日(月) 今日は国民の休日。でもOくんとERちゃんは仕事に行った。私は日本食の買出しと、一週間の科食料の買出しに行った。そして今これを書いている・・・。
4月11日(日) 
テニスのあと、お昼に舞茸とたまねぎ入りのスクランブル・エッグを作っているとOくんが興味深そうに覗き見するので食べさせてみた。一緒にちゃんとテーブルに座って卵とトーストの簡単なランチ。試験管を見つめる科学者みたいな顔で食事するOくん・・・。「うん、おいしいね。」・・・え、ほんとに?!
ランチのあと、Oくんのお洋服のお買い物に付き合う。
洋服を買うのが罰ゲームみたいに大嫌いなのだそうだ。Oくんは極端に自分の容姿に自信がない。
背が高くて足も長いし(羨ましい限り)、悪くない見た目だと思うのになー。
試着してみると確かにOくんの体型に合わない服が結構あるので(袖丈が短すぎたり、袖丈が合っていてもなんだか胸・腹回りがゆるゆるだったり)、Oくんが洋服を買いに行くのを面倒がるのもまあ、なんとなく理解できた。
夜はOくんお薦めの”How To Train Your Dragon”を観に行く。
洋服を買うのを付き合ってくれたから、とOくんが奢ってくれた。
全然期待していなかったけど、すごく面白かった。なんだか宮崎駿さんの映画を思い出した。
キャラクター設定が良い。
帰りは無性に中華が食べたくなったので近所のお店でテイクアウト。Oくんは「新しい食べ物」に不安そうだったのでとりあえずここは私の奢りです。
夕食のあと、Oくんは研究室に戻った。相変わらず働きもの。私はERちゃんとテレビを観たあと、割とすぐ眠ってしまった。今日は一日長いこと外にいたからねー・・・。

4月12日(月)もうすぐ出発してしまうAちゃんとお夕飯に会った。そのあとついでに元彼のDくんとお茶した。

4月13日(火)昨年面接まで行って落とされてしまった仕事がまた公募に出ていたのでとりあえず受けてみる。多分雇われた人が途中でプロジェクトから抜けたのだろう。

4月14日(水)ボスと仕事のミーティング。

4月15日(木)旅行前日なので有給休暇。ところがアイスランドの火山が噴火して国中の飛行場が閉鎖。明日飛べないかもしれないことに。

4月16日(金)やっぱり飛べない。スペインの友達にいけなくなった、と連絡を入れる。くすん。旅行に行ってリフレッシュする気満々だったので国内旅行のプランを立てる。(York→Pickering→蒸気機関車でWhitby→Scarborough)どうにか1泊2日で出来そうなプラン。Whitbyのホテルは一杯だったので、Scarboroughでホテルを探す。”Scarborough Fayre”といういかにも、な名前のB&Bが前日申し込みで安くなっていた上に海の見える部屋を用意してくれるとのこと!

4月17日(土)朝六時の電車に乗って、Peterboroughで乗り換えてYorkへ。Elyへ行く途中で伸びをしている馬を目撃。可愛い・・・。野うさぎとか羊とか。霧が立ち込める草原に日が昇って刻々と色を変えていく風景も素敵だった。

YorkからPickeringはバスで。途中で動物園を通ったのでOくんは興奮。

Pickeringはとても小さな可愛い街。蒸気機関車の切符を買ったあと、教会とお城と街を散策すること1時間。それだけでほぼ見たいところは観られてしまった。

蒸気機関車でWhitbyへ。国立森林公園を通るだけあってなかなかの景色。時々なる汽笛の音もグー。

Whitbyはオーストラリア大陸を発見したクック船長と、ドラキュラの作者で有名な町。Whitby Abbeyは想像以上に美しかった。とても素敵な街。お薦め。

強行軍だけど、WhitbyからScarboroughまでバスで。ホテルで一服してから(Oくんがお茶を淹れてくれた。気が利くなあ・・・。)お夕飯を求めて街に繰り出す。良いレストランはあまり開いていない。夕食中になんだか暗い話をしてしまった気がする。Oくんと旅行に来て一晩を供にするのがちょっと不安だった(何を今更)。

ホテルの部屋からは潮騒が聴こえる。波の音を聴きながら、眠りに落ちる。東向きの部屋なので早起きして朝日を見よう、ということになった。

Oくんが起こしてくれて、日の出前に目を覚ますことができた。日の出はとても綺麗だった。

朝一でScarboroughの水族館に行った。Oくんの強い希望だ。Oくんは申し訳なさそうにしていたけれど、私も水族館好きだし、行ってみたらなかなか良かった。保護して野生に帰れなくなったアザラシや亀を飼育しているところに好感を持った。私は亀が大好きで、水槽トンネルの中で熱い視線を送っていたら、すごく側まで来てくれた上に、隣で目を閉じて眠ったようになった。Oくんは「羨ましいなあ・・・」、と言いながらその様子を写真に撮ってくれた。

Scarboroughでは蟹のサンドイッチを食べた。3ポンドでこれは美味しい。高校の友達と卒業旅行で行ったシリー諸島で食べた以来だったが美味しかった。Oくんにも半分食べて貰う。なんと蟹を食べるのは初めてとな!「美味しいね」・・・今度はもう少しおいしそうな顔で言っている。

4月19日(月)はOくんの誕生日。夜にジャズをやっているパブに連れて行ってあげた。生演奏はやっぱり良いな。プレゼントは色々迷った末、パソコンのスピーカーにした。音楽が好きだし映画も観る人なのに、多分この国の滞在が長くないと思ってかまともなスピーカーを持っていないようだったので。

一日有給をとっていたが、VisualBasicの3日コースに参加することに。
前のコースに行っていた前提のコースだったので最初はちょっと難しくて焦った。
できるようになってきたらとても楽しい。

4月20日(火)朝は普通に研究室に行って、午後はVBのコースへ。

4月21日(水)VBのコースのあと、日本から帰ってきたRさん、音楽ボーイのTさん、時々テニスを一緒にやる紳士で奥様がフライト・アテンダントのHさん、研究者としても立派で社交の手腕も長けている先輩ポスドクのSさん、Sさんに入れ替わって先輩ポスドクのKさん、と川沿いのパブで飲んだ。

Rさんの日本の地方大学での経験を聞いて、日本に帰るのがちょっと怖くなってしまった。優秀で気も強くて社交上手なRさんですら苦労して、結局彼女はこの国に戻ってきた。

4月24日(土) 11時からテニスでそのあとOくんとコンサートに行った。

4月25日(日) 日本人の集まりがあった。久し振りに日本人の会に参加してちょっと気後れする。花柄で胸下が締まっているワンピースを着ていたら、「マタニティかと思った」と突っ込まれてちょっと凹む。日本の女の子に服装に関してコメントされると私は萎縮してしまう。

二次会の帰りに隣の研究室に一年間ビジティングで来ているというKさんとお知り合いになった。


火曜日は風邪を治すために有給を取った。
ドイツのPIが火曜日か水曜日に電話で話そう、と連絡があったのに対して「火曜日に話せます。」と返事をしたのだが、結局ドイツ時間の5時まで電話はなかった。

ちょっと気持ちが落ち込んでいたのでお洋服のショッピングに駆り立てられてしまった。
今年はこの国ではフラワー・プリントが流行っていて、可愛い服が多くて困る。
色々試着するのだけでも楽しかったけど・・・。
あまり女らしいところのない私だけれど、洋服のお買い物の時だけは女だなあ、と感じる。
Oくんは洋服の買い物が物凄くストレスになるくらい嫌いなのだそう。

水曜日は大ボスから指導された二本目の論文の修正を仕上げて、ボスに提出した。

ドイツのPIが最近は忙しいけど水曜日か木曜日の4時以降に電話しても良いよ、とのことだったので木曜日の四時半頃に時間を取ってかけたが、電話にでない。留守電もない。仕事を休むわけにはいかないので今日は何時までにオフィスにいるのでお暇があったら電話ください、とメールをいれた。

すると、仕事時間の終わりに近いときに電話をくれて、仕事内容などを説明してくれた。とても賢くて良さそうな人なのだけれど、状況がまた色々と複雑。贅沢なのかなあ、わたし・・・。やりたい!と思っていたプロジェクトには既に博士課程の子が携っているので別のプロジェクトの担当になることや、研究所が何もない、都市から車で一時間かかる場所にあること、小規模の研究室であること、私が一年半前から始めたテクニックを出来る人がいないので、もしそこで働いたら私がそのテクニックの第一人者みたいになること、などなど。

木曜日はSさんがこの街を出発して日本に帰国する日ということで、コンサートを聴きにいった。Tさんとポスドク先輩のSさんも一緒に。Sさんとは去年の九月以来、二人きりでは会っていなかったけれど、最後なので出来るだけ二人でお話がしたい、とのこと。この街最後の日なので、と写真も。写真、苦手なんだけどな。。。
とてもお世話になった方なので、大学所縁のカフスをプレゼントした。Sさんはいつもの可愛い手描きのカードと、小物入れをプレゼントしてくださった。

コンサートのあとに飲みに行ったのだけれど、肝心のSさんは色々な人に渡すものがある、とのことで結局私が買ったビールは殆ど飲んで頂けず、11時過ぎて飲み屋さんが閉まってしまった。Oくんが途中まで迎えに来てくれる、とテキストが入ったけれど、二人で出来るだけ時間を過ごしたい、とSさんが途中まで送ってくださった。9月にお付き合いをお断りしされたけれど、まだ・・・と想いを告げて下さったのだけれど、正直どうお応えしていいのか分からなかった。「友達」という形でお別れしたかったのに、なんだか気まずい。

帰り道半分を越えたところでOくんと合流。Oくんの顔を見たら、ほっとした。
ただならないものを感じたかも知れないのに、OくんはとてもフレンドリーにSさんとお話してくれた。Sさんは私を家まで送って、タクシーで帰る、とのこと。家に到着すると、OくんがSさんと私にウィスキーを注いでくれた。Sさんの門出を祝って、乾杯。私はSさんにどう応えて良いのか分からず気疲れしてしまったけれど、Oくんの存在にとても救われた。Sさんが出発したあとは、Oくんが私の電話面接の話を親身になってくれた。本当に良い人。人柄に惚れ直したよ。Oくんにお喋りしながら自分の考えが整理できるのですごく助かる。

金曜日。明日早いから、申し訳ないけどもう寝るね・・・と1時頃別れたOくん。もう出勤しているかな、と思っていたら私がちょっと寝坊してシャワーを浴び終わると、時々してくれるみたいにOくんが自分の部屋のドアを開けて、朝の挨拶をしてくれた。

ボスはご機嫌の一日。夜まで働いていたらキット・カットを買ってくれた。ドキドキ
仕事がはかどった。
6月から8月までのファンディングをもらえるとのこと。
この仕事も不安要素が沢山あって、手放しに喜べないのだけれど・・・。

自分のしたいことのプライオリティ(仕事もプライベートも)、そして自分がその環境でどれだけ貢献でき、かつ自分を伸ばせるのか・・・。就職活動の中で色々と自分について学んでいる。