今朝の体調は微妙だったけれど、6時半に起きて様子を見ていました。
別に起きなくても良いときは自然に早起きができて、出勤前は早起きがつらいのは、なぜだ。
やっぱり調子わるいなあ、、、と思っていた矢先、父から、これから母が茶道具を買いに行ってくれるので、希望があったら言うように、というメールが届きました。
お母さん、ありがとう。。
実は先週から親しくして頂いている女医Mさんに誘って頂いて、お茶のお稽古をはじめた私でした。
前回はいきなり花月のお稽古で(頭数を合わせる必要があったからですが、とても楽しかったです)、訳もわからず雰囲気を楽しんだに近かったですが、Mさんに袱紗を貸して頂いて袱紗のたたみ方とさばき方を家で練習しようとしてみても、できなくて、ネットにも意外とやり方が書いていなくて。今週行って、きちんと習いたいなあ、と強く思っていました。
母の優しい気持ちと、自分の悔しさから、とりあえず行ってみて途中で具合が悪くなりそうだったら帰ろう、という結論に達し、とりあえず家を出ます。
家を出ます・・・というのも実は一苦労です。
なぜかというと、日本人の方に会うときが一番服装に気を遣うからです・・・。
特に日本人の女性の目、って厳しいですよね。
茶道に通ずる、日本人の美意識の高さの表れでもあると思うのですが。
とにかくお茶のお稽古の日の第一関門は服装選びです。
更に普段はかない長い丈のスカート(私が習っているところではお稽古のとき着物は着ません。)、それに合うトップスを探すのにも一苦労だし、お稽古の時に邪魔にならないような袖丈とか髪型とか・・・。あれこれ考えるのに30分くらいかかります(ちなみに出勤前の朝の私の服を選ぶ時間はおそらく5分程度です。)
さて、私は自他共に認める方向音痴です。
新しい土地に行くと、迷って、がむしゃらに歩いてみてその地理を覚えるという乱暴なやり方をします。
(私が今いる都市は坂が多いので、この方法は正直きつかったです。)
先生がお稽古してくださる、先生のご自宅へ辿りつけるか、が今日の第二関門でした。
先週はMさんが連れて行ってくださったので、今週は1人で行ってみようと思い、グーグルで行き方を調べて、それから地下鉄の駅を出たあとに辿らなくてはいけない通り名を4つ、呪文のように覚えて、方向音痴の私にとっては珍しくも先生の住む目的の通りへ無事に迷わず到着!
到着!!
あ、あれ・・・?
さすがに目的の通りに来たらどの建物だったかくらいは覚えているだろうと思っていて住所をメモして来なかった愚かな私。
自分を過信していました。
候補は4つの建物。ひとつひとつ玄関口に辿り着く前に鉄の門があって、ひとつひとつ開けていくのはご近所さんの目もあって、とても恥ずかしい。私、怪しすぎる。
お約束どおり4つ目の建物があたりでした☆
そして更に・・・。
インターホンで先生のご自宅のベルを鳴らして、先生に建物の玄関口のオートロックを開けて頂きました。
私の頼りない記憶では入って左方向に行った覚えが。先生のご自宅はB棟。ここで私は普通ならA,Bと左から右に分かれていると考えると思うのに、その不確かな記憶のせいと、それから通りの建物の番号が右から左に減っていっていたので、なぜか左側がB棟と思い込み、建物中先生の部屋を探してしまいました。記憶では3階だったのに、その階に先生の表札がなく、2階にもどり、今度は4階に行ってみて、5階も見て、6階もみて・・・とうろうろすること10分。この時点でようやく己の間違いを認め、右側の方の棟へ。(3階、っていうのは当たってたよ!)建物の中ですら迷う私って一体・・・。
外の気温は零下なのにうっすら汗ばんで私は先生のお宅へ。
私がインターホンを鳴らしてから10分も現れないので心配してくださった先生は、1階まで様子を見に来てくださったのだとか。ほんっとうに申し訳ありませんでした、先生!!
今日は来るといっていたはずのMさんもNさんも、前回一緒だったお二人のご婦人も、誰一人いらしておらず(お風邪とか急な用事らしいです)、なんと来たのは私ひとり!
丁度良いから、とマンツーマンで基本(袱紗のたたみ方、さばき方、茶巾の洗い方、たたみ方、花盆を使う時のお道具の置き方など)を教えていただけました。
そうこうしているうちに、ここの国の女の子で日本語を勉強しているというLちゃんがやって来て(先生のお話によると彼女はコスプレで賞を取ったことがあるそうです。先生の口から「コスプレ」という単語が出てくるとはまさか思わず、聞き返してしまいました。すると、「あら、ご存知ない?」とお上品な先生でありました・・・。)、Lちゃんも海外に行っていて3ヶ月ぶりのお稽古ということで、基本をおさらいしたあと、お茶を立ててくださいました。
美人だし体が大きいので姿勢を正すと、かなりカッコイイ
です。
でもやっぱり、育ってきた環境の影響というか、日本人女性のような柔らかい動作が難しいようで、先生に脇にたまごをはさんでいるような感じでね、と言われていました。それ以外は完璧で、昨年の9月から始めたのに、すごいなあ、と思いました。
そこで先生のお友達もお稽古に参加してくださり、とうとう私がお茶を立てることに!
ひとつひとつの動作を先生にご指導していただきながら、だったので皆様を余計にお待たせしてしまいました。
でもとても良い経験になりました。
なんだか心が清らかになるような感じがします。
前回に引き続き足の痺れに、正座慣れしていない私はかなり悩まされましたが。
痺れるというか足がどこにあるのか判らなくなります。
10時半に始まったお稽古は2時半まで続き、更にその先生のお友達のお友達がいらして、これからお二人で観に行くという映画のタイトルを私が言い当てたので「一緒にいらっしゃいよ!」と誘って下さいました。とにかく急ぐから早く早く!と仰るのですが、お片づけが途中だったので躊躇していると先生があとは私がやりますので、いってらっしゃい!急ぎなさい!とほとんど考える間もなく、ばたばたと都心部へ。
結局映画は今日が公開のもので、オスカー最有力候補といわれているものだったで、チケットが手に入らず、結局母よりも10歳ほど年上のご婦人お二人と、遅いランチ・お茶をしながら5時過ぎまでお喋りさせて頂きました。お年上のご婦人の言わば「女子会」に参加する機会など今までなかったのでなんだかとても新鮮でした。お二人ともだんな様がこの国の方なので、もう40年以上も住んでいらっしゃるので、この国のことを色々と教わりました。
私のいる国はヨーロッパの中でも移民に寛容だと言われている国なのですが、移民の教育や医療費はみな税金でまかなわれているので、景気が少し悪くなってきたご時世、この国の人も移民の受け入れを厳しくする気持ちが強くなっているそうです。私の前いた国でも同様な風潮で、私が残念に思うのは、両国とも留学生が来にくいように法律が変えられてしまったこと。どちらかというと留学生は外貨を持ってくるので害よりも利の方が多いのではないかとも思うのですが。
移民に寛容でなくなりつつある背景にはイスラム過激派のテロも一役かっています。私のいた・いる両国で、その国で育った移民二世によるテロが起こりました。ただで教育を受けさせてもらっていたのに。両親のいた国よりもきっともっと安全で住み心地の良い暮らしを与えられていると思うのに。イスラム系の人の中では「余裕のある人が弱きを助けるのは当然である」という考え方がある、ということを聞いたことがあります。日本人的感覚からすると、その余裕のある人がその台詞を言うのなら素敵ですが、助けてもらっている側が少しも感謝の気持ちを感じず「当然」と受け取るのはなんだか傲慢な気がします。日本には「郷に入っては郷に従え」という諺がありますが、イスラム系の人々、それからトルコ、アフリカ、中国からの移民の人たちの間でそういう感覚はあまりないようで、自分の国の文化や常識をそのまま持ち込んでその国の社会に溶け込む努力をしない傾向があるようだ、とお二人は仰っていました。お二人ともこの国の学校の職員として働いていらっしゃった・るので、そういった移民の子たちのご両親と触れ合う機会も多く、とても戸惑った、と仰っていました。
割とまじめな話が多かったかな。でもすごく勉強になりました。
「お嬢さん、またお茶しましょうね」と言ってお別れしてくださったのがとてもうれしかったです。
別に起きなくても良いときは自然に早起きができて、出勤前は早起きがつらいのは、なぜだ。

やっぱり調子わるいなあ、、、と思っていた矢先、父から、これから母が茶道具を買いに行ってくれるので、希望があったら言うように、というメールが届きました。
お母さん、ありがとう。。
実は先週から親しくして頂いている女医Mさんに誘って頂いて、お茶のお稽古をはじめた私でした。
前回はいきなり花月のお稽古で(頭数を合わせる必要があったからですが、とても楽しかったです)、訳もわからず雰囲気を楽しんだに近かったですが、Mさんに袱紗を貸して頂いて袱紗のたたみ方とさばき方を家で練習しようとしてみても、できなくて、ネットにも意外とやり方が書いていなくて。今週行って、きちんと習いたいなあ、と強く思っていました。
母の優しい気持ちと、自分の悔しさから、とりあえず行ってみて途中で具合が悪くなりそうだったら帰ろう、という結論に達し、とりあえず家を出ます。
家を出ます・・・というのも実は一苦労です。
なぜかというと、日本人の方に会うときが一番服装に気を遣うからです・・・。
特に日本人の女性の目、って厳しいですよね。
茶道に通ずる、日本人の美意識の高さの表れでもあると思うのですが。
とにかくお茶のお稽古の日の第一関門は服装選びです。
更に普段はかない長い丈のスカート(私が習っているところではお稽古のとき着物は着ません。)、それに合うトップスを探すのにも一苦労だし、お稽古の時に邪魔にならないような袖丈とか髪型とか・・・。あれこれ考えるのに30分くらいかかります(ちなみに出勤前の朝の私の服を選ぶ時間はおそらく5分程度です。)
さて、私は自他共に認める方向音痴です。
新しい土地に行くと、迷って、がむしゃらに歩いてみてその地理を覚えるという乱暴なやり方をします。
(私が今いる都市は坂が多いので、この方法は正直きつかったです。)
先生がお稽古してくださる、先生のご自宅へ辿りつけるか、が今日の第二関門でした。
先週はMさんが連れて行ってくださったので、今週は1人で行ってみようと思い、グーグルで行き方を調べて、それから地下鉄の駅を出たあとに辿らなくてはいけない通り名を4つ、呪文のように覚えて、方向音痴の私にとっては珍しくも先生の住む目的の通りへ無事に迷わず到着!

到着!!
あ、あれ・・・?
さすがに目的の通りに来たらどの建物だったかくらいは覚えているだろうと思っていて住所をメモして来なかった愚かな私。
自分を過信していました。候補は4つの建物。ひとつひとつ玄関口に辿り着く前に鉄の門があって、ひとつひとつ開けていくのはご近所さんの目もあって、とても恥ずかしい。私、怪しすぎる。

お約束どおり4つ目の建物があたりでした☆
そして更に・・・。
インターホンで先生のご自宅のベルを鳴らして、先生に建物の玄関口のオートロックを開けて頂きました。
私の頼りない記憶では入って左方向に行った覚えが。先生のご自宅はB棟。ここで私は普通ならA,Bと左から右に分かれていると考えると思うのに、その不確かな記憶のせいと、それから通りの建物の番号が右から左に減っていっていたので、なぜか左側がB棟と思い込み、建物中先生の部屋を探してしまいました。記憶では3階だったのに、その階に先生の表札がなく、2階にもどり、今度は4階に行ってみて、5階も見て、6階もみて・・・とうろうろすること10分。この時点でようやく己の間違いを認め、右側の方の棟へ。(3階、っていうのは当たってたよ!)建物の中ですら迷う私って一体・・・。

外の気温は零下なのにうっすら汗ばんで私は先生のお宅へ。
私がインターホンを鳴らしてから10分も現れないので心配してくださった先生は、1階まで様子を見に来てくださったのだとか。ほんっとうに申し訳ありませんでした、先生!!
今日は来るといっていたはずのMさんもNさんも、前回一緒だったお二人のご婦人も、誰一人いらしておらず(お風邪とか急な用事らしいです)、なんと来たのは私ひとり!
丁度良いから、とマンツーマンで基本(袱紗のたたみ方、さばき方、茶巾の洗い方、たたみ方、花盆を使う時のお道具の置き方など)を教えていただけました。
そうこうしているうちに、ここの国の女の子で日本語を勉強しているというLちゃんがやって来て(先生のお話によると彼女はコスプレで賞を取ったことがあるそうです。先生の口から「コスプレ」という単語が出てくるとはまさか思わず、聞き返してしまいました。すると、「あら、ご存知ない?」とお上品な先生でありました・・・。)、Lちゃんも海外に行っていて3ヶ月ぶりのお稽古ということで、基本をおさらいしたあと、お茶を立ててくださいました。
美人だし体が大きいので姿勢を正すと、かなりカッコイイ
です。でもやっぱり、育ってきた環境の影響というか、日本人女性のような柔らかい動作が難しいようで、先生に脇にたまごをはさんでいるような感じでね、と言われていました。それ以外は完璧で、昨年の9月から始めたのに、すごいなあ、と思いました。
そこで先生のお友達もお稽古に参加してくださり、とうとう私がお茶を立てることに!
ひとつひとつの動作を先生にご指導していただきながら、だったので皆様を余計にお待たせしてしまいました。
でもとても良い経験になりました。
なんだか心が清らかになるような感じがします。前回に引き続き足の痺れに、正座慣れしていない私はかなり悩まされましたが。
痺れるというか足がどこにあるのか判らなくなります。

10時半に始まったお稽古は2時半まで続き、更にその先生のお友達のお友達がいらして、これからお二人で観に行くという映画のタイトルを私が言い当てたので「一緒にいらっしゃいよ!」と誘って下さいました。とにかく急ぐから早く早く!と仰るのですが、お片づけが途中だったので躊躇していると先生があとは私がやりますので、いってらっしゃい!急ぎなさい!とほとんど考える間もなく、ばたばたと都心部へ。
結局映画は今日が公開のもので、オスカー最有力候補といわれているものだったで、チケットが手に入らず、結局母よりも10歳ほど年上のご婦人お二人と、遅いランチ・お茶をしながら5時過ぎまでお喋りさせて頂きました。お年上のご婦人の言わば「女子会」に参加する機会など今までなかったのでなんだかとても新鮮でした。お二人ともだんな様がこの国の方なので、もう40年以上も住んでいらっしゃるので、この国のことを色々と教わりました。
私のいる国はヨーロッパの中でも移民に寛容だと言われている国なのですが、移民の教育や医療費はみな税金でまかなわれているので、景気が少し悪くなってきたご時世、この国の人も移民の受け入れを厳しくする気持ちが強くなっているそうです。私の前いた国でも同様な風潮で、私が残念に思うのは、両国とも留学生が来にくいように法律が変えられてしまったこと。どちらかというと留学生は外貨を持ってくるので害よりも利の方が多いのではないかとも思うのですが。
移民に寛容でなくなりつつある背景にはイスラム過激派のテロも一役かっています。私のいた・いる両国で、その国で育った移民二世によるテロが起こりました。ただで教育を受けさせてもらっていたのに。両親のいた国よりもきっともっと安全で住み心地の良い暮らしを与えられていると思うのに。イスラム系の人の中では「余裕のある人が弱きを助けるのは当然である」という考え方がある、ということを聞いたことがあります。日本人的感覚からすると、その余裕のある人がその台詞を言うのなら素敵ですが、助けてもらっている側が少しも感謝の気持ちを感じず「当然」と受け取るのはなんだか傲慢な気がします。日本には「郷に入っては郷に従え」という諺がありますが、イスラム系の人々、それからトルコ、アフリカ、中国からの移民の人たちの間でそういう感覚はあまりないようで、自分の国の文化や常識をそのまま持ち込んでその国の社会に溶け込む努力をしない傾向があるようだ、とお二人は仰っていました。お二人ともこの国の学校の職員として働いていらっしゃった・るので、そういった移民の子たちのご両親と触れ合う機会も多く、とても戸惑った、と仰っていました。
割とまじめな話が多かったかな。でもすごく勉強になりました。
「お嬢さん、またお茶しましょうね」と言ってお別れしてくださったのがとてもうれしかったです。


赤ちゃんは十一月後半に生まれる予定だそう。お姉さんは妊娠したことをその時まで家族に話さずにいたことで(色々事情があるのだけれど)Oくんのお父さんはとても怒ってしまっているらしい。
音楽のTさんと久し振りにスカイプで話したら、私が彼に期待を持たせるようなことを言った、と怒られてしまった。彼とはどうしても、今はとにかく友達でもいられないらしい。
その間、MさんとNさんを家に招いて鍋パーティー。日本から持ち帰った日本酒二本が1時間もたなかった!Mさんは小さな体なのにすごい酒豪なのです。Mさんのご紹介でMさん以外初めて会う方たちばかりの女子会にも参加させて頂きました。


