『いつかの点に』
明けまして、おめでとうございます。
さあ、2026年がスタートしました。
これからの12ヶ月が楽しみですが、昨年同様、あっという間に過ぎていくと思うと、1日1日を大切にし、楽しんでいきたいと思います。
先日、「疲れるから体操をやめたい」という子がいました。
親御さんとしては、頑張ってほしい気持ちがあり、私としても通ってもらっていて、成長を感じるし、これからも貢献できると思っていました。
また、本人は「辞めたい」と言ってるが、レッスンに来ては楽しんで参加してくれ、満足そうに帰っていくのでした。
ただ、レッスン前に行き渋るのだそう。
きっと、その背景には周りには分からない、いろんな事があるのでしょう。
真相はわかりませんが、友達と遊びたい、お母さんと過ごしたい、ゲームをしたい、家にいたい
など、色んな背景があって、「疲れるから」という言葉になっているのだと思いました。
お母さんが何度か相談してくださっていたこともあり、私の考えていることを本人に伝えることにしました。
「どんなこともやれば疲れることもある。しんどいなって感じることもあるかもしれない。
だけど、やり始めたら、思ってたよりできる時もあるし、思ってたより楽しいこともある。
それは先生もだし、お父さんお母さんも、きっとそうだと思うんよ。
疲れるのはわかるんやけど、最近できることも増えてきたし、これからも増えると思うから、もうちょっと頑張ってほしいって先生は思ってるねん。
辞めるのはOKだけど、もう一回考えてきて、来週教えてくれる?」
と私なりに伝わるように話してみました。
そして次の週、出てきた答えは「やっぱり辞める」と。
本当に良いのかな?
もう少し続けてもらったら、できる、掴めることがあると思うので引き留めたほうがいいかな?
という想いがないわけではなかったけど。
だけど、それはあくまで、こちら側の想い。
最終的には本人が出した答え・決断を尊重しようという気持ちになりました。
もしかしたら、無理やり続けてもらってたら、掴めることがあるかもしれないけど「やらされた」と感じるかもしれない。
逆に本人が「あの時、続けておけばよかった」と、なるかもしれないけど。
私自身も親に何度も言われたけど、「やらない、いらない」と聞かずに進んできたことがありました。
そのうちの一つが英語。
幼少期は、習いに行かされるもこなすだけで、身につかず。
学生時代は「英語だけは絶対やっておいた方が良いよ…」と何度も言われましたが、「英語はいらない」と、やることなく大人になりました。
だけど、ある日「やっとけばよかったな」と思うときが来たのでした。
そこから毎日、英語を勉強するようになり、今では少しだけできるようになりました。
「もっと前から、やっておけば」という気持ちが無いわけではないけど、やらされてもできなかったし、中途半端にできていたら、毎日頑張ることもなかったとも思います。
そして、今、「英語ができたら人生が豊かになる」
と言っていた親の言葉が初めて理解できました。
大人になってようやく、伝わった。
ということなんだと思います。
そして、今、地球の裏側からこのコラムを書いています。
英語が少しできるようになり
本当に世界が広がり、一生のうちに出会う人が増え、見える景色が変わり、いろんな考え方に触れ、歴史を知り、人類の知恵や歩みの上にある『今』を感じるようになりました。
体験の総量も変わり、世界の広さを感じるようになりました。
疲れるからやめる
それは本人にとって、一つの決断
自分の思い通り(よかれ)の結果にはならず、決断を聞いた夜は落ち込んでいましたが、「その決断が、いつかの気付き、やる気につながる」そのように解釈でき、すっきりしました。
また、やりたくなれば、戻ってくればいい。
大人になってからでも、やろうと思えば始められる。
とりあえず、一区切り。
その子の長い人生で考えると、ほんの小さな点。
そんな点が、何かのきっかけになればいいなと願います。
ホエールに来てくれている全ての子ども達にとって、体操ができるようになることも大事な一つの要素だけど、豊かな人生につながるきっかけ(点)になってくれることを願います。
さあ、2026年
私自身、『素敵な大人』になれるように「あの人、素敵な大人やね」と言われるように頑張っていこうと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
舟木将人