立会収骨〜死と向き合う。
葬儀&火葬の日は天気にも恵まれ、清々しい日でした。
甥っ子達にとっては、初めての死と向き合う瞬間でした。
葬儀は、立会収骨を選びました。
祭壇前でお線香、ご焼香をし、棺が火葬場へ赴く前に、各々ジュニアとのお別れをしました。
棺の中には、お気に入りだったおやつと手紙を入れました。
みんな、ジュニアを撫でながら涙を流し感謝のことばを伝えました。
ジュニアに声をかける声が、次第に嗚咽へと変わっていきました。
みんな遺体にすがりつくように泣きじゃくり、会場は悲しみに包まれていました。
棺の中で眠るジュニアに、一人ずつ淡い花たちを手向けました。
不謹慎だけれど、その姿が美しく見えました。
ホンマに眠っているかのように見えました。
安らかな表情で眠りにつけたんやなーと思うと、この選択で良かったんだと思えました。
火葬後の骨上げは初めての経験でした。
甥っ子たちも一緒に行いました。
火葬炉は熱風ですごく熱く、ジュニアが亡くなった証拠なんだと思うと、じんわりあたたかいものが込み上げてきました。
ジュニアの骨ひとつひとつが愛おしく感じては、丁寧に骨壷に収めました。
葬儀担当の方が丁寧に説明をしてくれ、ひとつひとつ骨の部位を教えてくれました。
みんな遺骨カプセルキーホルダーを購入し、小さい骨を数本入れました。
骨壷は家に持って帰りました。
家に帰ってから、甥っ子達はいつも通りおもちゃやゲームで遊んだりしていました。
わたしら大人は、ジュニアとの写真を眺めたり、骨壷を眺めたりしながら静かに過ごしていました。
家に帰ってからも悲しみが消えるわけでもなく、まだまだ現実を受け止めるには時間がかかるなーと感じました。
姉夫婦は夕方頃自宅に戻りました。
甥っ子たちも家に帰った後、ジュニアが〜と発し泣き叫んでいたらしいです。
子どもながら、必死に死と向き合っているんやなーと感じました。
でも、この経験は大切な糧になるはず。
強く生きて欲しいです。
わたしも含め、死を受け止めて、しっかり前を向いていきたいな、と思います。
人も動物も生きとし生けるものすべてに死は必ず訪れます。
それが生きてるってことなんだと思います。
だから、死は生きた証。
そう思うと、少し悲しみが癒える気がします。
時間が解決してくれることを願い、今日もジュニアに思いを馳せます。
安楽死という決断から虹の橋へ。
少ししんどそうでしたが、いつもと変わらない様子でした。
急変したのが、28日からで、ハァハァ、ゼェゼェと呼吸が荒くなってました。
DIC多臓器不全を起こしているのと、白血球や血小板…etc…数値が上がらなく、いつ亡くなってもおかしくない状態だと言われました。
最悪、病院で亡くなる可能性もあるので、退院させて家で看取ろうという話になりました。
29日午前にジュニアを迎えに行くとグタ〜っとしていて少ししんどそうな感じでした。
家に帰ってからは、チュールやソーセージを食べたり、少しふらつきながら部屋の中を少し歩いたりしていました。
が、何かの拍子に転んだ際に、急に痙攣を起こし、口から泡をふいてる状態が二回続きました。
さすがに、もうダメだろうと覚悟をした瞬間でした。
姉夫婦や甥っ子たちも駆けつけ、家族みんな集まって、ジュニアに声をかけ、泣きじゃくりました。
それでも懸命に生きようと頑張るジュニアに涙、涙でした。
姉がジュニアの顔を優しく撫でながら、「まだ逝かれへんか…まだ生きようとするんか…」と涙ながらに語りかけてる様子を見てわたしも号泣でした。
ジュニアの呼吸も荒く、目も半分開いていない状態で、たまに起きあがろうとしてはよろけて倒れたり、、。
妹が涙ぐみながら、「死ぬ前の行動やねん。起きて立ち上がろうとするのは…」って発してました。
隅っこの方にも行きたがっていたので、誰にも見られず死のうとしているのかな?と思いました。
ジュニアの行動にみんなが涙をし、ずっとジュニアに声かけしていました。
あまりにも苦しそうなので、病院に連れて行くことにしました。
姉夫婦と母&妹が付き添うことに。
わたしと弟は甥っ子が居たので留守番することに。
わたしと弟が「ジュニアまだ死なんやんな?」と発すると、「病院で何か死なすことはないから安心して…」と姉が発しました。
病院では高酸素濃度カプセルに長いこと入れてもらえたそうで、「少しリラックスして寝ていたよ」と妹から連絡をもらいました。
病院で姉夫婦が「自宅で楽に死ねる方法はないですか?」と聞いたらしく、先生が「病院でしか出来ない処置です」と。
注射で死ねる、いわゆる安楽死というやつです。
姉夫婦は安楽死させる方向で考えていたらしいが、母と妹が反対したらしいです。
で、家に帰ってから少しは呼吸が楽そうでしたが、しばらくするとジュニアの呼吸は荒くなり、苦しそうでした。
その晩姉夫婦は自宅に戻り、母、わたし、妹、弟はジュニアの傍で添い寝することにしました。
みんなジュニアが気になり、熟睡できず、ほぼ徹夜状態でした。
深夜二回程、痙攣を起こし、妹が座薬を入れる。
痙攣する度に、みんながうわ!ジュニアー!と泣き叫ぶ状態でした。
座薬を入れると痙攣は止まりました。
翌朝、ジュニアの症状は改善せず、ゼェゼェ、ハァハァと苦しそうでした。
翌朝もう一度病院へ行こう!となり、痙攣を予防する注射と高酸素濃度カプセルに入らせてもらうことになりました。
鎮痛剤も打つことは出来るが、命が止まる可能性もあるので、痙攣を予防する注射を打つことにしました。
そして、家族で話し合った結果、夜に安楽死の注射を打つことに決まりました。
「これ以上の延命措置は苦しいだけで可哀想やから、ジュニアの為に楽に逝けるようにさせたろ」って姉が発し、みんな…うん…と深く頷きました。
病院に連れて行く際に、また痙攣を起こし、今までとはちがう様子でした。
顔や身体が痙攣し、てんかんみたいな症状でした。
ジュニア!大丈夫だよ!と顔を触りながら、落ち着かせるのに必死でした。
しばらくすると痙攣は治まりました。
病院に着き、注射と高酸素濃度カプセルに入っているとリラックスし、落ち着いてる様子でした。
少しでも眠れると良いね…と母と妹と話してました。
14時頃に、姉夫婦&甥っ子たちが集まり、ジュニアに声をかけ続けました。
妹がティッシュに水やリンゴ汁を染み込ませ
、横たわるジュニアの口元に数滴垂らしてあげていました。
もうエサもおやつも食べれなく、たまに顔を上げた際に水を飲むぐらい衰弱していました。
みんながジュニアを囲みながら、涙を流しては必死に声をかけ続けました。
呼吸が少し弱くなる瞬間もあり、もうダメだ、とみんなが思った瞬間もあったが、ジュニアは夜まで何とか持ち堪えました。
病院に向かう頃には父も合流し、病院の診察終了後に処置室に呼ばれ、先生が「みなさんで話し合った結果が安楽死ですが、変わりないですね?」と発し、みんな涙ぐみながら「はい…」と応えました。
「安楽死は痛みも苦しみもなく、注射をして数秒後には筋肉が弛緩し、呼吸が止まります」と説明後、「みなさんで最期のお別れをして下さい」と発し、先生はその場から離れました。
不思議と呼吸が荒くなっていたのがピタリと止まり、落ち着いた様子でした。
みんなジュニアにすがりつくように顔と身体を寄せ合いながら涙を流し、嗚咽だけが病室に響き渡っていました。
父が「次は人間に生まれなさい…、みんなにもう良いやろ?先生を呼ぼうな…」と声をかけました。
先生が部屋に来られ、ジュニアを抱き抱え、処置室に入ってから数十分してからでした。
意識が途絶え、眠りについたジュニアを先生が抱き抱えて部屋に戻ってきたのは。
妹がそっと抱き抱え、「家に帰ろう…」と声をかけていました。
姉夫婦らとは病院でお別れをし、ジュニアは自宅に戻りました。
翌日に葬儀&火葬を行うことになり、その日の晩も家族とジュニアと添い寝をしました。
ジュニアは安らかな顔で深い眠りにつきました。
もし、何か一つちがっていたら、ジュニアはまだ生きていたのかな?と、母と妹と話してました。
手術をしなければ良かったのか、抗がん剤をしなければ良かったのか、入院させずに通院をさせて食べたいもの食べかしてたら免疫は落ちずに済んだのか…ets…。
考えれば考えるほど、きりがないくらい後悔でいっぱいです。
大きい公園にも連れて行ってあげたかったし、ベビーカーに乗って散歩ももっとしたかったし、好きなおやつも食べさせてあげたかった。
写真ももっといっぱい撮れば良かった。
してあげたかったことでいっぱい。
入院してから出来なかったことが沢山あるなー。
今はそんな想いと必死に向き合っています。
🌟🐶ジュニアの取り扱い説明書🌟🐶
ご飯を食べるのが大好きな犬で、散歩するときは興奮しながら走り回って喜ぶ犬でした。
病院では大人しく、注射も我慢して泣き喚いたりしない我慢強い犬でした。
若い時は、ボールを渡すとヘディングをする犬で、ボールを追いかけるのがだいすきでした。
甥っ子たちを優しく見守る優しい犬でした。
散歩行く時やおやつ&ご飯の催促は、顔をペロペロと舐めてくる犬でした。
よく靴下や靴を隠す犬で、寝床に靴下を置いて寝る犬でした。
わたしがソファで横なってると、お腹や足元に乗ってきては一緒に寝る犬でした。
布団がだいすきで、わたしの布団によく入ってきて一緒に寝る犬でした。
人間のご飯がだいすきで、パンやサラダ、お鍋をしていると、目を輝かせ、ちょうだい!とワンワン吠える犬でした。
🌟🐶ジュニアはみんなから愛される犬でした🌟🐶
そんな世界でいちばん可愛い犬が虹の橋🌈を渡っていきました。
しばらくは悲しみでいっぱいやけど、ジュニアとの想い出を胸に、しっかり受け止めて前に進んで行きたいと思います。
ジュニア、生まれてきてくれてありがとう。
うちの家族になってくれてありがとう。
来世もうちの家族に生まれてきてね。
たくさんの宝物をありがとう。
ずっと、ずっと忘れないからね。
じゃあね。また逢おうね。












