心身ともに体調を崩しながらも、私はなんとか一人で離婚問題を解決しようとしていました。

帰宅が午前になる夫でも、帰ってこない日がある夫でも、彼にとって自分の住まいは(不本意だったでしょうが)私がいるこの部屋だったので、少なくとも数日に一度は帰宅するのです。

私は、少しでも気を抜けば過呼吸でも起こしそうな胸の動機と呼吸のし辛さを押し殺しながら夫を待ち、何度も話し合いをしようとしました。


しかし、夫から言われるのはむちゃくちゃな要求ばかり。

とにかく一人になりたいから何も言わずに離婚届に判を押してほしい。

財産分与とかよくわからない。自分で住むところを見つけて引っ越して欲しい。

君は仕事を持っているんだからこの先も自分でどうにかやっていってほしい。


私たちの場合、離婚するとしたら何かしらの不都合が生じるのは明らかに私の方であったと思います。

結婚するにあたって自分の環境が激変したのは私の方であったからです。

当たり前ですが、結婚によって姓が変わりました。

免許証やパスポート、銀行やクレジットカードの名義変更手続きをしました。

また、結婚によって転居もしました。

引越しをし、それに伴い住所変更手続きをしました。さらに会社に転勤の辞令を出してもらいました。

女性とは言え事務系総合職が結婚を理由に転勤というのは前代未聞だったため、周りを納得させるために上司に協力してもらいながら1年かけて仕事の成果を上げ、人事をなっとくさせなければなりませんでした。

さらに、結婚式と新居の準備資金はすべて私の貯金から賄われました。

それらが全て無に帰すのですから、経済的にも物理的にも精神的にも私にとっては大きな負担になることは明らかですが、夫の方は結婚に際してこうした変化はありませんでした。

強いて言えば、結婚の報告を会社にして、単身用マンションから現在のマンションに引っ越したくらいでしょうか。

それさえも、私は夫の扶養に入ることはなかったため、対会社への手続きは何もありませんでしたし、引越しも会社が資金を出してくれて、自転車で10分の距離を引っ越すだけでした。


私と離婚しても、夫は住むところをまた変えるくらいで、そのほかは何もしなくていいのです。

まさに離婚届1枚提出すればそれで終わりでした。

だから私に軽々しく何度も離婚を迫ったのだろうと思いますし、私にとってどれだけ大きな損失になるかも考えておらず、それを考えてくれないほど私のことはどうでもよかったのだろうと思います。


離婚について話し合うとき、彼はなんだかんだと理屈をこねて私に判を押させようとしました。

離婚してくれないなら死ぬと言ったり、一旦考え直してみるといったかと思えば次の日になると「よく考えてみたけどやっぱり離婚して欲しい」と言ったり、君は優しい人だから好きな人の希望なら聞いてあげたいと思うはず、自分のことが好きなら離婚の希望を聞いて欲しい、と言ったり。

私と夫の間で、押したり引いたりのパワーゲームが何度も行われました。


ついに私は疲れ果て、精神を病み、一人で戦うことを放棄しました。

恥ずかしくて申し訳なくて情けなくて、何度も黙りながら、母に電話した日のことを今でも思い出せます。

そしてまた、夫にこう言いました。

「このままでは話が平行線で、私は日常生活にも支障が出るくらい疲れてしまっている。万が一離婚するにしても、ハイハイと判だけついて終わりにはできないことがきっとたくさんあると思う。今後のことをきちんと考えて話し合うために、第三者を交えてきちんと話し合いたい。」


離婚問題で悩んでいた私は、当然インターネットでさまざまな情報を集めていました。

主には離婚しなくて済む方法や、夫にわかってもらうにはどうすればよいかでしたが、そんなことをしているうちに家庭裁判所で調停ができることを知ったのです。


調停はあくまで話し合いの場であり、離婚するためだけでなく夫婦関係を修復するための話し合いが設けられることを知り、自分が円満調停を申し出ようかと思っていたのです。


しかし、しびれを切らしたのは夫の方が早かった。

私がまったく離婚に応じないので、夫のほうが私より早く離婚調停を申し立てたのでした。