お立ち寄りくださり ありがとうございます音譜

2,3ヶ月前のある日、新聞のテレビ欄を見てちょっとびっくり。
『ペリーヌ物語』が再放送されている!!おおおお~目目
と いっても、地元のテレビ局(←南海放送さん、ありがとうラブラブ)のみの、思いっきりローカルなハナシになってしまうのですが。(県外の方、スミマセン)

『ペリーヌ物語』は、「世界名作劇場」の時間枠で1978年に放映されていたアニメです。
その前の年が『あらいぐまラスカル』、次の年が『赤毛のアン』…と、ビックネームに挟まれているせいか、あんまり知名度が無い…、ような気がしますがあせる、ワタシにとっては、子どもの頃見たアニメの中で秀逸キラキラと思っているもののうちの一つです。まさに名作。

リアルタイムで観ていた当時は、そうでもなかったかもしれないのですが、
ある程度大人になったときに、思い返して、その凄さに気付いた…んだったと思います。

何がスゴいって、このヒロイン、つまりペリーヌが ハンパなく強いのです。見かけによらず。
強いと言っても、腕っぷしとか云々 のことではなくてあせる
えと 精神的な面でタフ、逞しい と言う方がいいかも。

(以下 長々と述べちゃいます。ネタバレつき。興味の無い方、スルーしてくださいませ。スミマセン)

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ペリーヌは両親とともに、ギリシャから 祖父が住むフランスのマロクールを目指して旅をしていましたが、ボスニア(だったと思う)で父親が病気で死んでしまいます。
彼女は母親と共に、当時(19世紀後半の設定らしいです。)としては珍しいカメラで、移動の写真屋をしながら、フランスを目指しますが、アルプス越えの無理が祟り、パリで母親まで亡くしてしまいます。
母親の治療費のため、所持金も底をついており、行き倒れ寸前・・・になりかけたところを、
パリで手放したロバとその持ち主に何とか助けられ、ようやくマロクールに。
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…普通ならここで、「おじいさんと会えて しあわせにくらしました。めでたしめでたし」
となるのですが、、、
ところが どっこい。ペリーヌはここからもスゴい。

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実は、彼女の両親は 祖父の反対を押し切って 駆け落ち同然で結婚しており、以来祖父とは音信不通。
偶然垣間見た 祖父の表情から、自分が歓迎されないであろうことを悟ったペリーヌは、名前を偽り、祖父の経営する 大きな紡績工場で働き始めます。。

産業革命の後の時代です、女工の待遇は劣悪です。
下宿の生活環境に耐えきれなくなった彼女は、池のほとりに小さな小屋を見つけ、そこで暮らしはじめます。
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長い旅の生活で培った経験を活かし、
魚を釣って焼いて食べたり、
下着を自分で縫ったり、
草で靴底を編んで、布を貼り合わせて靴を作ったり・・・。
なんともサバイバル。

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そうこうしているうちに、ひょんなことから、祖父のそばで通訳を勤めることに。
(父親フランス人で、母親が英国系インド人だったので、バイリンガルだった。)
そこから彼女は、持ち前の素直さ、賢さで、祖父の信頼を 自力で獲得していきます。(/_;)じ~ん。
通訳兼御者から、祖父付きの秘書へ。住まいも祖父の家へ。
(反対にいうと、仕事に厳しい祖父の周りには、それだけ信頼に足る人物がいなかった。)
祖父は、音信不通の一人息子(つまりペリーヌの父親)が帰ってくるのだけを心待ちにしているので、
自分が孫とも名乗れず(言うと、息子の死も知られるため)。

最後には、全てが明らかになり、ハッピーエンドになります。
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が、いや~逞しい。
先日観てたら、ペリーヌは13歳の設定だそうで、さらにビックリ目
自分の13歳のころのことを思うと…叫び

少し前に、オーラ-ソーマ®をされている方のブログを読んでいましたら、
その方はお嬢さんと一緒に このアニメをご覧になってたそうで、
ペリーヌの服装のことについて、興味深い指摘がありました。

とと、長くなりますので、ここでひとまず切らせていただきます。
(普段から十分長いですが…あせる