『胡同(フートン)愛歌』観る。監督は中国テレビドラマ界のベテラン演出家…らしい。
中国の経済や軍事の発展は脅威的ですが、やっぱり個人の生活が根付いた古き良き地域も存在する。
映画では全く国家的な思想や社会的な流れに対する主張どころか、イメージさえ描かれていないが、そこがまたいい。
集団や社会や国みたいにでかいものにメッセージ性の根源を見い出そうとすると、どうしても個人対個人の関係にフォーカスを当てざるを得ない。
結果、なかなか組織的で既成的で一元的な状況である政治などに中立的になり、元来のテーマを個人の葛藤内で消化してしまう。
社会派という言葉には惹かれるけれど、個人の姿勢を社会の躍動の歯車とすることは、到底安易に出来ることではない。
その点、この映画が激動する中国、というイメージにおいて一切の社会的提言なしに構成されていて、潔く、終始感情移入でき、気持ちがよい。
父と子の葛藤が限られた周囲の人間関係の中で濃密かつ繊細に描かれていることは、グローバリズムが人間の一回性の連続という人生を考える上で偉大な悩みとなっている昨今、離婚や再婚、リストラや貧乏、怒りと優しさといった生身の感情を讃えている。
中国の経済や軍事の発展は脅威的ですが、やっぱり個人の生活が根付いた古き良き地域も存在する。
映画では全く国家的な思想や社会的な流れに対する主張どころか、イメージさえ描かれていないが、そこがまたいい。
集団や社会や国みたいにでかいものにメッセージ性の根源を見い出そうとすると、どうしても個人対個人の関係にフォーカスを当てざるを得ない。
結果、なかなか組織的で既成的で一元的な状況である政治などに中立的になり、元来のテーマを個人の葛藤内で消化してしまう。
社会派という言葉には惹かれるけれど、個人の姿勢を社会の躍動の歯車とすることは、到底安易に出来ることではない。
その点、この映画が激動する中国、というイメージにおいて一切の社会的提言なしに構成されていて、潔く、終始感情移入でき、気持ちがよい。
父と子の葛藤が限られた周囲の人間関係の中で濃密かつ繊細に描かれていることは、グローバリズムが人間の一回性の連続という人生を考える上で偉大な悩みとなっている昨今、離婚や再婚、リストラや貧乏、怒りと優しさといった生身の感情を讃えている。