いつか、日本人の生活感覚や皮膚感覚というか、長い歴史の経験に根ざした日本語でインターネットについて書いてみたいと思うのだが、今のところ全く歯が立たず、翻訳の単語を並べるか、英語をそのままカタカナにして、理解の過程を省略しながらお互いに理解をしている気になって済ましている。技術的な話については、一定の約束事(ルールでいいのかなあ)に従って、論理的なコミュニケーションをとることで齟齬(そご)はないのだが、一歩、技術的な議論だけでは収まらないセキュリティーといった社会的な広がりを持つ問題を考えだすと、本質的なところの認識で根っこの違いを感じることがよくある。幕末以降、欧米の言葉を、西周をはじめとする深い漢文の素養を持った人々が、驚くべき才能に物を言わせて日本語に翻訳してきた。その恩恵を被りながら、労力と時間を省きつつ物事の理解をしてきたつもりなのだが、それは翻訳語の上の理解にすぎないと取り返しのつかない年齢になった今ごろ、なんだかおぼつかない気持ちになる。
どこかで、なぜサーバー(機器)をサーバー(server)という言葉で表現をするのかといった話をしたことがある。サーバーという機器の定義を見ると、<コンピューター・ネットワーク上で、他のコンピューターに対し、自身の持っている機能やサービス、データ等を提供するコンピューター>。そんなことが書かれている。お客様になにかを提供する機器である。英語で育った人間と日本語で育った人間では、サーバーという機器について、その役割の理解の仕方は、たぶん違ったもののはずである。言葉によって、モノを考えるわけだが、その言葉の背後にあることの認識を違えたまま、何とか理解をしている気になって生きてきたと考えると、事は深刻になるので、中途半端なまま忘れることにしてはいるのだが。
ソサエティー(society)の訳語が「社会」ではなくて、「世間」という昔からある日本の言葉に翻訳されていたり、リーズン(reason)が「理性」でなく「分別」という言葉を当てはめていたりしたら、日本人の理解の仕方も違っていたのではないか。シンガポールまでの飛行機で、柳田国男を論じた本を読んでいたら、そんな文章があった。「世間に顔向けができない」とか「いい年をして分別がないのだから」など、子供の頃からなじんできたそんな言葉を思い出しては考え込まされた。「世間」を「社会」に、「分別」を「理性」に置き換えてみると、それは母親の言葉とはならない。そんなことに思いを致していると、せめてインターネットのことは、母親が話していた言葉のレベルで語れないだろうかと、昔から考えていたことを思い出したのである。仕事を引退したら、時間をかけてそんな本を書いてみたいと、その能力もないくせに夢見ることがある。机の上は、いつも本が山積みされ、オーディオの前は、聴いたCDが床に散らばっている。気にはなっていても、片付ける気力がないのは、忙しすぎるからだと、言い訳をしながら生活をしている私の部屋に友人が来ると、「高級学生下宿」と冷やかされる。若いころ、「初めに整理・整頓ありき」だと、工場の現場に行っては、恥じらいもなく、柄にもないことを言っていたのだから、いい加減なものである。
世界でも稀(まれ)というか、世界の都市でもっとも汚れがなく、あらゆる空間が、清潔にピカピカに磨かれた都市空間の模型のなかにいるようなシンガポールに2~3日もいると、感性がサクサクしてくるような感じになる。強烈な太陽が照りつけているかと思うと、にわかに黒い雲が広がり、雷が鳴り、激しいスコールとなる。気候だけは、かつてそうであったろう熱帯のジャングルを思い起こさせるのだが、バケツをひっくり返したようなスコールの雨脚ですら整然とした都市空間に負けてしまい、皮膚に伝わらない。そのシンガポールが性に合って二十数年も住み着いてしまったという社員は、「1年中、同じ服でいいし、ゴミひとつないけれど、いつも発展途上の熱気があって、日本に戻る気が起きない」という。ひと、それぞれである。
シンガポールで、IIJのクラウドサービスを始めるセレモニーに出席したのだが、150人を優に超す方々がパーティーに足を運んで下さった。アジアにインターネットのバックボーン網をつくり、欧州・米国・アジアという3つの地域がイコール・パートナーとなるようにしようとアジア各国の通信会社を駆け巡っては、その構想の実現に向けて口説き続けていた頃に、シンガポール政府で対応をしてくれていた知人や思いもかけない旧知の方々がパーティーに駆けつけてくれ、旧交を温めたのである。
そのプロジェクトはAIH(アジア・インターネット・ホールディング)という会社となって、IIJ、シンガポール、香港を中核として、今でいうASEAN諸国のほとんどのナショナル・キャリアというか、当時の電話会社が参加し、そのバックボーンを利用するようになったのだが、インターネットが加速度的に利用されるようになると、各国とも国益という観点から通信政策を掲げるようになって、結局は、あまりうまくいかなくなってしまった。なによりも、シンガポール政府が「ハブ」という概念を明確に打ち出すようになって、私の構想がインターネットのトラフィックにおいて「東京ハブ」を目指しているのではないかという事になり、「ハブ」という概念を知り尽くしていたシンガポールとの協力が難しくなったことも、そのプロジェクトが成功に至らなかった要因の一つにあった。
夜、ASEANのナショナル・キャリアの方々と酒を飲みながら食事をしていると、「鈴木さんはミスター大東亜共栄圏だ」といった冗談を言われたりした。当時のインターネットの状況から、将来はアジア諸国をメッシュタイプのバックボーン網でつなぐという事になっていたのだが、当初はトラフィック量の多かった東京とアジア各国とのバックボーンを構築することから始まった結果、東京と各国の間をスター状にトラフィックが流れるようになってしまったのである。採算性から考えれば、妥当な設計ではあったのだが、私の進め方が拙劣だったと言えばその通りである。なによりも、IIJの体力では、採算を度外視してもということが難しく、日本の政府にもインターネットにおける「ハブ」の概念が、極めて重要なことだという認識が浅く、国の政策として取り上げようという事もなかったのである。
建国から、たかだか50年足らずの歴史である都市国家のシンガポールが、現在の繁栄に至る基本的なコンセプトが、「ハブ」という概念であると言っても過言ではない。マラッカ海峡をもつシンガポールの中心となる産業が、海運であり、金融センターであり、観光であることは言うまでもない。巨大なチャンギ空港の建設をいち早く始めたのも「ハブ」というコンセプトからすれば当然のことである。諸々の事情があったにせよ、成田空港の建設で遅れに遅れた日本の政策と比較してみると、その違いは明確である。
ハブという言葉、言うまでもなく、ネットワークの中心である。機械でいえば、車輪の中心部にあって、車輪の外周と車軸をつなぐスポークが集中する部分であり、ネットワークで言えばネットワークの中心に位置する集線装置として、複数のネットワーク機器を接続する場所である。交通機関については、よく知られているように、海運や航路が集中する場である。日本語に一言で「ハブ」を表現する言葉があるのだろうか。英語では「HUB」という一言ですべての具体的なイメージが浮かぶが、日本語にそういう言葉がないために、わが国のハブ化政策が遅れてしまったという事ではないとは思うけれど、日本の長い歴史にあっては、HUB機能を構築することによって産業・経済の基盤とする政策はなかったのかもしれない
パーティーの夜、今は大きなファンドを運営している旧知の方、香港、シンガポールのそれぞれ私から見れば大富豪と言ってもいいお金持ちの方々と食事をする。タバコ好きの私に配慮していただき、高層ビルが林立する金融センターに隣接する、海というか運河沿いというか、河岸沿いで海風に吹かれながら話し込む。たくさんのテーブルを埋めた人々の明るい表情、元気な話し声が飛びかって、シンガポールの繁栄を象徴するような熱気が漂う。格差があると言っても平均所得も高い。50年に満たない歴史で、ここまで繁栄した国は例がないのではないか。しかも埋め立てによって国土も広がり続け、人口も増え続けている。2030年には、現在の人口540万人(シンガポール人・永住者は384万人)を690万人にするという計画を発表している。ある意味で現代の実験途上の国家という気もする。もちろん問題がないわけでもない。なにより、人口を増加させる計画とは裏腹に、シンガポーリアンの出生率は日本を下回っているわけで、計画を実現するとすれば移民政策に頼らざるを得ない。それも、中国、インド、マレーといった現在の人口構成比(中華系76,7%、マレー系14%、インド系7.9%)を守りながらの移民政策だという。減少するのは、シンガポーリアンだけといった構成比になるという。所得が豊かになると、出生率が減るというのは逃れようのない現代の定理かもしれない。
「日本や中国と違って歴史がない。小さな国である。立地が周知のような場所にある。リー・クアンユーのような傑出した建国者が、優秀な官僚を率いてここまで来たけれど、リーさんも90歳前後になって、奥様を亡くされてからは表には出なくなった。リーさんのご子息である首相も間もなく引退するようだし、ご子息は政治に関わらないようなので変わってはいくと思いますね。インドネシアもタイも、変わり目の時期ですよ。シンガポールは、子供の頃から徹底した競争社会で、その競争に打ち勝ったもっとも優秀な人間が官僚になって、これからもその官僚がこの国を引っ張っていく。官僚になることで、豊かな暮らしは約束されるわけだし、子供の頃にエリートの道から排除された人間も、国が豊かということで、まあまあ納得した生活ができる。今のところだけかもしれないが、豊かさが保証されていることで、それがこの国のエンジンになっている」
不動産、金融、ハブのインフラ、観光を経済の源泉とし、エリート官僚がかじ取りをする都市国家のシンガポールにいると、私には架空の実験国家で、あらゆる余分な匂いを消した都市にいるようで落ち着かない気分になるのだが、快適で居心地の良い環境に慣れれば、日々、余計なことを脳裏に浮かべては、酒を飲み、タバコを吸い続けてしまう東京にいるより長生きできるのかもしれない。すごい食欲の富豪さん達とのおしゃべりが尽きることはなかった。