バタフライカープのブログ

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私の3都物語
どこへでも私が必要とされるところへまいります。

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 先日昔の教え子から名古屋大学合格のメールが来て、よく考えたら、名古屋に行ったことがないことに気づき、思い立って、一人で行ってみました。


 名古屋駅前は大きな高層ビル2棟を中心にすっきりしていて、ごちゃついた感じのないのに驚き、少しつき離された風にも思いました。1時近くに着いたので、まずは昼食と地下街に行きお蕎麦屋さんに入りました。混んでいたので、若い婦人と相席になりました。その人の食べているものが、珍らしくて問うてみると、鶏のササミの湯引きのお刺身だったので、名古屋ではよくある料理か尋ねたら、そこのお店独特だと言っていました。名古屋コーチンを耳にしたことがあるけれど鶏の品質がよいのかもしれませんね。


 次にいろいろ人に聞いて、メーグルと言う観光ルートバスに乗り、乗り放題500円で、徳川美術館を訪れました。私は石田三成派で徳川親派ではないけれど、徳川の物はすごくいいなと感服しました。お茶道具、床の間のしつらい、能の衣装、武具、絵巻物、お雛様、どれをとっても、豪華で立派です。日本の文化として、わび、さびと称し、一歩間違えると、なんとも粗末というかみすぼらしいものがありますよね。以前オーストリアからのお客さんを京都に案内したとき、シェーブルン宮殿と比較して、恥ずかしい感じがしたことがあったので。


 アメリカのクリスマス飾りのあのやたらピカピカした派手さは苦手ですが、西洋人に日本の伝統物として紹介するには徳川所蔵のものは安心できる気がしました。


 美術館を出て、徳川園というお庭を散策しました。大きな池を中心にゆったりしていて、かなりの水量のある滝も爽快で、冬ボタンもあちこちにコモに守られて咲き、気持ちよく過ごせました。


 もう一箇所の訪問先はノリタケの森で、陶磁器の絵付けの見学やノリタケの食器展示を見ました。実家に子供の頃からある、見覚えのある模様のお皿などが展示されていて、懐かしく思えました。今はセラミックの工業製品も作っているのですが、そこの工場は閉鎖され、海外に拠点を移しているとのことで、やっぱり製造業の空洞化になっているのです。


 すぐに半日経ってしまい、急いでまた電車に乗り、大垣、米原で乗り換えて、長浜に帰りました。PM2.5が飛来していたのか春霞のかかった景色を車窓から行きの電車では見ましたが、帰りは真っ暗で、よく眠れました。


 久しぶりに連日一人暮らしにもどったので、ブログを思い出しました。


 先週の月曜日娘が2か月の赤ちゃんを連れて家に来ました。そのとき娘の友達のTさんと1歳の男の子が遊びに来てくれました。その男の子が 何とあの二枚目俳優の山本耕史にそっくりなのです。目がくりくりしていて、すごく可愛いのです。大きくなったら即ジャニーズに入れますよ。そしてそのイケメン一歳児が私に懐いてくれてホントうれしかったね。Tさんも脚が長くて今流行のショートパンツでしたが、かっこよかったです。


 木曜日は私の友人(元ALT)のHさんの一家が今度イランに行くことになったので、お別れに用賀のお宅まで娘と赤ちゃんと一緒に行きました。旦那さんが通信会社に勤めていて、テヘランに海外特派員として行くことになったからです。イランの現大統領は前任者と違って親米なので経済制裁も緩和され少しずつ住みやすくなるといいのですが。それでも女性はスカーフを外国人であってもしなければならないそうで、お餞別にストールを贈りました。彼女は金髪なので、クリーム系の色のものを選んだのですが、頭に巻いてみてくれたら、よく似合っているように見えました。


 Hさんの娘の二歳のNちゃんがまたすごく可愛い顔をしていいて、大きくなったらタレントになれそうです。娘がNちゃんにさくらんぼの模様のついたエプロンをプレゼントしたら、大喜びで大きなおもちゃのキッチンでスープやお茶をいれてふるまってくれました。


 その日はたまたまHさんの32才の誕生日だったので、ケーキをわざわざ私の住んでるつくし野から用賀まで買って持って行きました。日本を去る前に一緒にお祝いできて、よかったです。


 その後HさんとNちゃんは旦那さんと代官山のレストランで誕生日のディナーを取るということで、ドレスアップしてお出かけでした。美人なのでもちろんとってもステキでした。


 私は娘のお手伝いさんをしに、自由が丘の娘の家に行き大根と牛肉をコチュジャンの味付けで炒めた料理などをして帰宅しました。


 小さな子供のいる若いファミリーにいろいろ接することのできる楽しい時間が持てて、ちょっと若い気分になれました。皆さんなかなかおしゃれで、情報通でスマートに暮らしているなと感じました。私も老け込まないように、気をつけなくちゃね。

 火曜日はスポーツクラブの休館日なので、よく娘の住んでいる自由が丘にいきます。

 昨日は栗ご飯が食べたいと娘が前から言っていたので、つくし野東急ストアの前で、安くてきれいな栗を売っていたので買いました。その売場で新高梨のような大きなものをみつけ3個入りを買いついでにインゲン豆とトマトも買ってしまいました。すごく重くなってしまったので、リュックにつめて、家で初めて取れたミョウガやゆで卵(広島に帰るので冷蔵庫に生卵を残しておけない事情があり)も一緒に娘の家に持って行きました。

 娘と二人で栗の皮むきをしたのですが、やはり想像通りかたくて、途中で親指に絆創膏をはってやっと500グラムむきました。親指の腹がジンジンしました。私が「栗ご飯はいやね」と文句たらたら言ってると、「旬のものが食べられてうれしい」とかポジティヴに考えろと娘に諭されました。

 その後姉のお土産にコーヒー豆を買おうと、自由が丘のコーヒー屋を探してぶらぶらしました。自由が丘は専門店は必ずあるもので、以前も主人の誕生日のプレゼントにワインをこちらのワイン専門店でいいもの見つけることができました。

 残念ながら一軒目のコーヒー屋は定休日でしまっていました。それからさらにスマホ頼りに歩くと、この町は本当に小さなブティックや雑貨屋などを中心にいろんなお店が多いことを再確認しました。お祭りの縁日みたい、ただおしゃれ感はあるけれど。

 それから下町情緒あふれる自由が丘デパートに行き、ブルーマンテンを手に入れることができました。そこの女店主は「10月1日はコーヒーの日だけれど、認知度は低い」とか、「都民の日でもあるとか」ずっとしゃべりながら、手慣れた感じで品を用意してくれました。

 最後に東急ストア自由が丘店でサバを買って、娘のアパートに帰り、料理して、夕食を食べ、8時にあたふたと満員電車でつくし野に帰りました。

 午前中はプールで平泳ぎのレッスンを受けて、帰宅して、昼食を取り、入院しているALTのお見舞いに行くことにしました。


 2時に家を出て追浜と言うところに行きました。追浜は「おっぱま」と読み横浜市金沢区にあります。横浜までJR横浜線で行き、京急に乗り換えて、ちょうど1時間かかりました。乗り継ぎも良く、スムーズでした。それから駅のバス停で待っている人が親切に教えてくれたので、バスにも乗れて、目的の病院に到着できました。思ったより簡単に行けました。

 

 病院の受付で、入院しているお部屋を聞こうとしたのですが、first nameしかわからず、last nameはWから始まるけれど、覚えてないと言うと、名前がわからないと調べられないと受けつけの人は応えました。私は、「では、整形外科に直接行って聞くから整形外科の病棟の行き方を教えてくれ」と言うと、個人情報の関係で、教えられないとのことでした。そこで、私は声を荒げて、「1時間以上かけて、来ているのだから、このまま帰るわけにはいかない」と言いました。事務員の人たちが一斉に私の方を見ました。押し問答をしているうちに、彼からメールが返ってきて、やっと名前と部屋番号がわかり、一件落着となりました。


 今考えると、本当に患者を探し当てられなかったのか、患者を守ろうと、敢えて教えなかったのか分からないけれど、患者に来訪者の名前を告げて、承諾をとると言う逆の方法もあったのになんて思いました。


 とにかく、エレベーターの前でにこにこして待っていた彼に会えてよかったです。シャワーに行こうとしていたところだったそうで、もう少しで連絡がとれないところでした。アメリカ人の彼は小学校の英語の先生をこのたび辞めてこれから、何をするか考えているとのことですが、英語の先生の仕事以外私には思いあたりませんでした。自由な考え方には不安を覚えてしまいますが、それで、生きていけるというのはすごいと思います。


 家に帰ったら、娘のお友達が来ていて、夕食を食べて、麻雀をしました。その後、もう1人仕事帰りに寄ってくれたので、それから本格的に麻雀して、12時近くになりました。二人とも翌日仕事と言うのに、全然平気な様子で、「今度の麻雀会はいつ?」なんて言いながら帰って行きました。


 今日は若い人たちに会えてよい日でした。

 昨日はスポーツクラブの休館日なので、思っていた用事がいろいろできました。


 まず不動産屋さんに、貸家の契約の件について、電話して、家の修繕の見積りの問い合わせをしました。それから、その家の耐震補強を以前依頼したことのある建築士に電話してやってもらえるか聞きました。7年前に一階を、やってもらいましたが、今回は2階をお願いしました。


 家に関するこういう交渉事はわからないことも多く、高額の支出になるので、元気を出さないとできないことです。


 次に娘の銀行や郵便局の預金通帳の名義・住所変更や改印です。銀行に行って忘れ物がわかり、私は家に引き返しました。徒歩5分の距離ですが、暑い中、行ったり来たりは嫌ですし、すんなりできないことが悔しいです。家に着く頃雨がぱらぱら降ってきたので、ちょうど干していたお布団や洗濯物を家の中に入れることが出来ました。それから昼食におそうめんを食べて、休んでいたら、仮眠してしまいました。昨晩主人から夜遅く電話があり、長く話したあと、すぐ寝付けなくて、夜中の2時ごろ就寝したからかもしれません。そして、郵便局に行き、やっと手続きが済みました。


 今度は朝連絡した建築士さんから電話で、資料の確認に家に来てくれると言うので、待っていました。耐震基準がまた変わったので、やり直したら、数字が良くなっていました。よくわからないです。来てくれた建築士さんに資料を渡して、町田へでかけました。出発時刻は夕方5時でした。


 運転したくないけれど、娘の感染予防のため電車を避け、車を出しました。町田ではBook-0ffで洋服やバッグやおもちゃを売って、娘は2550円をもらっていました。予想より多くて、喜んでいました。それで、古着のTシャツと本が買えました。それから夕食にレストランでスパゲティを食べ、丸井でお誕生日プレゼントとして約束していた靴を買ってあげました。そして苦手な雨の夜の道を家まで運転して無事帰れました。町田の町はあんまり柄がいいとは言えないので、特に暗くなってからは妊婦には適してないかもしれないけれど、楽しく売買できました。