あの夏の夜、散歩と称してポケモン探索に出かけた息子に延々ついて来た猫。夏に我が家に来たからついた名前が「夏」。
以来、彼女は我々の手を煩わせている。おもちゃを咥えてきて、遊んでくれとせがむ。こちらも馬鹿だから、せっせといっしょになって遊ぶ。
猫は遊び始めると飽きるということを知らない。大抵はこちらが降参しおもちゃを片付ける。途端に、なんで?という顔をして悲しそうに膝の上に乗ってくる。身体中を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めて至福の時を過ごす。でも、それに飽きるとスタコラサッサと自分のベッドに入る。猫は孤高の気まぐれ屋さんだ。
そんな夏の世界は、シューズクロークを含め6畳ほどの玄関ホール。
この限られた空間が夏の世界。
しかし、手がかかる。
まるで子どもと同じだ。
朝だって、夏の部屋?の掃除にたっぷり30分はかかる。たまにはせがまれてリビングにも入れてやるので、こちらも掃除機をかける回数が増えた。
が、そんなことは夏の知ったことではない。いたずらをしたり、言うことを聞かないときは、ダメだよと話しかける。理解できないと分かっていても話しかける。すると、時々「ニャー」と返事をしてくれる。
ノラ猫の寿命は3〜4年だという。車に轢かれて死んでしまうケースも多いらしい。それからすると家で飼われる猫は、狭い所に閉じ込められるとはいえ、ある意味では幸せなのかもしれない。
そう思うと少しでも快適に過ごさせてやりたいと考えるのが親心だ。
さて次回は、夏の世界がシステマティックだというお話し。
まあ、そんなことには関係なく、今日も夏は自由だけど…

