去年秋ぐらいから、言葉にはならない、なんとも言えない不安な感覚が
ふわりふわりと舞い降りてくる感じに気づいていた。
現実の生活の中で、仕事の中で、その不安色のふわりとした感覚がなんだかいつもそこにあった。
ヒーリングセンターを建てた頃に感じていた万能感とは対極のその場所で
それが一体何によるものなのか全く見当つかなかった。
忙しい日々の間で、出張に出かけるたびに私は何かしら忘れ物をするようになっていった。
それも必ずだ。
ある時は化粧水だったり、乾燥ケアのお気に入りのエッセンスだったり、
愛用のシャンプーやリンス、果てはパンツなど肌に近く付けるものがほとんどだった。
最初は対症療法で、「えーいそれならば、出張セットを丸々作ってしまえ!」と色々するのだけど
やっぱりコンタクトレンズを忘れたり、そしてとうとうアクセサリーやグランディングストーンまでなくなるようになってきた。
これはやばい傾向だと私は焦り始めた。
昔、これと似たような経験が一度だけあった。
17年前、マイアミのBBSHに通っていた頃、同じように何かしらを忘れてしまうことが続き
それが何なのかわからないでまごまごしている内に、1カラットのダイヤモンドの指輪をなくしてしまった。
激しい感情的反応が起こり、そこからワークしてゆくと
3歳の時に父母が離婚したあと、何度か父とデートをしていた。
その最後のデートの時に、何か約束したことを思い出した。
その約束したことをずっと忘れていて、だけどずっと何かが引っかかっていた感覚が
クリアになり理解に切り替わり、それからは何かを忘れたりなくすことはなくなっていた。
私はまた、大切な何かをなくしてしまう恐れが先立ち始め、次第に色々なことが怖いと感じるようになリ始めた。
昨夜、この忘れ物をしてしまうというよくわからない類のプロセスをセッションの中でワークしていった。
やはり同じ傷のその場所で、生物学的父は「また迎えに来るからね」と言い残したまま、それからずっと父が迎えに来ることはなかった。
母が再婚し、子供心ながらに『もうきっと父には会えないだろう、会いたいといえば母も新しい父もきっと嫌な思いをして母が居心地悪い思いをするだろう』そういう信念体系を次第に形成していった。
その、父が言い残した言葉を小さな私は覚えていて、そこからずっと待つ癖がつき、見捨てられたオーラル人格を形成していった。
ワークの中で、私が人生を進んでゆくために大切な約束を置き去りにしてきたことで
埋まらない喪失感と、失う喪失感の感覚と、そして父が3歳の私に課したフェアじゃない態度と大きな裏切りからの怒りの感情が噴き出してきて、そして流れていった。
一夜明けて、ずっと内側で感じていたどこかチリチリするような不安感と
神経症的に繰り返し思い出しては蘇ってくる、何かを失敗しては失ってしまう恐れが消えていた。
心を本格的に癒し初めてもう25年近くなると思う。
どれだけ行っても、どれだけ癒しても、決して終わることはない。
けれど、確実に人生は生き易くなり
実現したかった未来はより手が届くところに近づいてくるようになっている。
今、ここで生きるということは、今この瞬間に何が起こっているのかに気づき続けるということ。
そして、今、この瞬間に立ち現れているものに、過去からの余分なお荷物がくっついているのなら、それはできるだけ早い段階で気づいて理解していくのだ。
この、すっかり忘れている子供の頃の傷の周りを探してゆくという気の遠くなるような作業に
欠かせないのがキャラクトロジー心理学である。
キャラクトロジー心理学は、その傷の体験がどの辺りにあるかの指針を、統計学的に示しているからだ。
心理学の根幹の人格構造学と自分を癒してきた膨大なワークと癒してきた数万件のクライアントの傷への理解をベースに、私は日本人向けにキャラクトロジー心理学を構築してきた。
だからこそ、キャラクトロジーで人生が変わるし
キャラクトロジー心理学を学ぶと人生が楽になる人が後をたたない。
もっと、たくさんの人に知ってもらって、人生を変えてゆくツールとして活用して欲しいと切に願っている。
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