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西の魔女のブログ

ハートに触れ、ハートの奥の扉を開き、本来の輝きを取り戻すお手伝いをしています

数を数えられないことってありませんか?

いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお・・、ろー・・く・・・あれ??

いくつだったっけ?

 

足し算引き算ができないということではないのです。(因数分解は無理)

むしろお買い物時のお釣りの計算など、店員さんより早く

お支払いのためのお札や小銭を出した瞬間に「お釣りは〇〇円です」

と先に言ってしまうくらいには早いんです。

 

なのに、会議に必要な出席人数分の椅子を用意しようと数を数えると

いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお・・、ろー・・く・・・あれ??

いくつだったっけ?

この数が数えられない不思議を持つのがスキゾイドなのです。

 

自分の性格だと思っているものの多くが、過去のトラウマからの反応であることを知っていますか?

変えられないと信じている性格や性質の中に、改善できるものが多くあります。

この数が数えられないというのは、一種の学習障害であり、現在風に言えば発達障害というのかもしれません。

 

スキゾイドはグループの中に入れない、無視されていると感じて無価値感に陥り、孤独感を感じるというネガティブループ傾向が強く出ます。人格構造学でいうところのスキゾイドは子供時代の初期に「ここは・・・怖い、危険」という体験があります。

何をもって、どのような体験がそう思わせるのかは、それこそ環境とその人によります。

 

数を数えられないという不具合現象の中にも何かトラウマがあるのかなあ〜?とふと思って、キャラクトロジーアプローチで探ってみたんです。

そしたら!!!

 

7〜8歳ごろかな。当時住んでいた借家から徒歩5分ほどの場所に「三角幽霊屋敷」と名付けていた廃屋があったんです。

狭い三角の土地ギリギリに母屋と物置がちょうど二等辺三角形になるように建てられていた廃屋でした。

その家の人は事故で死んだり、暴力で家を離れたり、一人、また一人といなくなり、そして廃屋だけがひっそりと残されていました。

冒険心旺盛な子供でも、昼間に観に行くことは躊躇われるような廃屋でした。

ある夜、私は何か悪戯したのか粗相したのか、義父に引きずられて、その廃屋の真ん中に残っていた柱に、編んだ縄で両手を縛られて放置されたことがありました。

周りには光もなく真っ暗でしたが、次第に暗闇に目が慣れてきて、傷ついた柱やあちこちはがれた壁や床に散乱した古いメンコなどがうすらぼんやりと見えてきました。

静けさの中で、キーーーンと耳鳴りが大きくなってきて、何かが頭の上で動いているようなゾクッとする予感がして上を見上げると・・・

いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお・・、ろー・・く・・・あれ??

たくさんの透けて見える何かがぐるぐる回っていたんです。

恐怖で、藁で編まれていた縄を口で何度も引きちぎり、「幽霊屋敷」から逃げ出して、帰るところもなく夜の町を彷徨い歩いていたところまで覚えています。

 

この体験は結構トラウマとなっていて、今までも何度もトラウマ解消のための感情のリリースと、様々な角度から精神的な理解を入れて癒してきた場所です。

キャラクトロジー的アプローチでは、過去のトラウマ体験を「理解」することで、現実に不都合を与える現象のあれやこれやも、解消できたりします。

そのトラウマが起こったその出来事を、あらゆる視点から捉えて、さらにその瞬間の感情を身体を通して再体験し流れ去れば

その出来事や現象が再創造されることは無くなります。

過去にあった出来事は記憶の中でも変質して過去になってゆくので、日常生活にあった生き辛さも変容し、生きることが楽しく幸せに自然に変わっていきます。