ガイドのダニエルさんは4大卒のインテリらしく、ルーシー(世界最古の人類始祖とされる類人猿)やエティオピアの歴史的遺物、皇帝に関する服飾品などについて詳しく説明してくれました。
ルーシーに関する展示物は地下にあり、
私たちが観覧していると、ヘジャブを被った女子中学生と思われる集団が入ってきて、行き過ぎていきました。
1階はエティオピアの中性~現代までの歴史展示場になっていて、
ダニエルさんがイタリアの植民地になりかけたけど勇敢に反撃して独立を保ったこと、エティオピアでは太古から豊かな環境で文明・文化が栄えていたこと、明治時代からある日本との付き合い、愛知大学との提携による研究チーム、日本から送られた太刀などについて誇らしく語ってくれたので面白かったです。

お昼時になったので食事に行こうと言う事になり、ダニエルさんが
「和食のレストランもありますよ。お寿司とかも食べられます」
というので私は典型的なアフリカ料理が食べたいと思い、
「I wanna eat the traditional Abysinian food!」
そう伝えると早速ホテルのレストランへ。
多分有名なお店なんだろうな。
塀に囲まれていて、辛うじて車が一台通れるほどの門には、ライフルを持った警備兵がいた。
中は薄暗くて広く、目の前にステージがあって、明り取り用の窓はステンドグラスだった。
涼しい店内を割と奥まで案内されて、丸いテーブルを寝椅子が囲んでいる席に案内された。
ここで、生肉の料理を見つけて食べてみたいと思ったが、これは祭りの日の特別メニューらしいので、主人はラムのトュプス(焼肉)と、私はヤギ肉とインジェラのセットを頼んだ。
冷たいサイダーがついて200ビルくらいだったかな。
悪名高き(見た目は雑巾、味はゲロというが、全然そんな事なかったです!)インジェラはきちんと畳んだナプキンのようにステンレスのサラダのお盆についてきた。
淡いベージュと薄茶色の二色のスポンジ状のパンで、癖もなく、暑い気候に疲れた私達には発酵による酸っぱい味が好もしかった。これにバルバリという辛い唐辛子の調味料と小さな七輪で焼かれたヤギと子羊のぶつ切り肉を乗っけて食べたのですが、とても美味しかったです。
初めて食べたヤギの肉はちょっと硬くて新鮮で、ラムを選んだ主人は固い~と言っていたのですが普段ジャッキーカルパスやサラミを食べなれている私は余裕で美味しかったです。
主人はしきりにインジェラが酸っぱい酸っぱいと言ってましたが日本の食べログでもツーリスト(特に男性)はすっぱいすっぱい言ってて皆インジェラディスり杉だろ!と突っ込みたくなります。

いや・・・味覚ってね、生まれてから死ぬまでずっと同じじゃないのよ・・・。
若いときは甘みに敏感で、年と共に味蕾が衰えて、酸味をより強く感じるようになるの・・・。

だからインジェラがすごく酸っぱいんじゃなくて、あなた方の舌が衰えていると思うの。老化現象です!

そして食後は埃っぽい道を走ってバラック街に。
ダニエルさんは博物館を出る時に少し悲し気に
「エティオピアは昔から歴史のある豊かな国だったのです」
と言っていた。
私がエティオピアの印象について、彼に
食事も美味しいし治安もいいし、待ちゆく人々はグッドルッキングだし、ホント、アフリカ初心者にはお薦めの国だよ!
と褒めても心あらずと言った感じでした。

そして、私たちは、バラック街の店の立ち並ぶ一角へと、車を止めました。
綺麗な衣料品が壁にかかっている奥行きの浅い店舗では、美人のおばちゃんがアクセサリーを売っていた。
目にも彩なおびただしい量のスカーフかTシャツか、刺繍の施されたブラウスか・・・品数が多くて判断力が情報量に追いつかない。情報処理能力がビジー状態ですwww
取りあえず娘と友人のために3つほど選んだら、おばちゃんが不満そうにたったそれだけ~?と訊いてきた。こういうブレスやバングルはまとめ買いしてジャラジャラつけるべきなんだろうけど、デザインが皆似たり寄ったりでイマイチ購買意欲がそそられない。
そして主人はあまりここで金を消費しないようにしよう、と言った。
そう、これは前座だ。私達には以色列と聖都が待っているのだ。私たちの旅のメインはこの後なのだ。
取りあえず比較的清楚な雰囲気の模造真珠とトルコ石、模造赤メノウと真珠、トルコ石と緑のビーズのブレスと、銀色の貝とヒトデのモチーフがついた白いビーズのブレスが気に入って、これいくら?と訊くと貝とヒトデのブレスは壊れているという…
「私の主人が直してくれるから、構わないから売ってくれ」と言うと、それまで店の前で他の客と話していた体格の良い男性がおもむろにブレスを取り上げると、太い指で器用に留め金を直し始めた。
その時ガイドが呼びに来て、飛行機の時間が迫ってきたという・・・。
しばらく修理が終わるのを待っていたが、そのあいだもおばちゃんは他の商品をしきりに勧めていたがだんだん焦りを感じ出して、
「No longer we have no time waiting for you」
と言って諦めて店を出ようとしたら、修理していた男性からさあ、終わりましたよ、とギリギリのタイミングでブレスを渡されたので、お礼もそこそこに400ビル払って空港に急いだ。
エティオピアのコーヒーは大変美味しかったのでお土産屋さんにはコーヒーを買いに旅行の帰りの便にまた寄ることにして、ダニエルさんにガイド料を払いお礼を言うと、
彼は土産物店で我々がごたついていたのを気にしてか、
「僕はまたあなた方がここに立ち寄ってくれることを望みます。」
観光中出没した物乞いや旅行客にボロうとした物売りを恥じているのか、
「エティオピアは豊かな国だったのです」
と少し愁いを含んだ言い方をしたのが印象に残っています。
車でエティオピアの大臣が住んでいる高級住宅街を通っていた時もしきりに
「安倍首相は何度もここにお越しになっています。」
と言っていた。思いのほか、安倍さんは中東がお好きなんですね・・・。

そういうわけで、なかなかに印象的な出会いを果たせた初エティオピア観光でした。

帰国してから他の人の旅行記や食べログをチェックしてて、エティオピア観光で掛かった諸費用について、もしかしたらもう少し安くなったのかな?と思うこともありましたが、予備知識ゼロの外国で、知恵の輪が躍っているような不思議な文字とちんぷんかんぷんのことばと、英語が通じにくい(!)という条件で快適に過ごせたのは、高学歴で英語が達者なダニエルさんのナビのおかげと、心から感謝しています。
分からない言葉と地理でふらふら迷って時間を無駄にすることもなく、行きたい観光地にすぐに行けて、AA観光を楽しめたのは、エティオピア観光局と、ガイドさんのおかげです!アビー、ダニー、本当にありがとう!

<成田はやっぱり最低かも?>
その一でも書いた飛行機の乗り心地の悪さですけど、ボレー国際空港からイヨイヨ以色列はベングリオン空港へと向かうために乗った飛行機なんですが、流石以色列行きと言う事か、同じエコノミーでも成田から乗ったきっつきつの座席と違い、心なしかゆとりのある設計で、座席も広め。シートの真ん中と前後に乗客がいないので、トイレにも自由に行けて、心置きなくリクライニングにすることができました。
以色列人は大柄だし、背の高い欧州人や北欧人を載せてフライトする所為か、広々と設計してあるのでしょう。これは以色列国内のどの交通機関にも言えて、とてもゆったりしてリラックスした気分で旅を楽しめました。流石、大人の余裕の国、以色列!
それに比べて我が国発の便は地獄だ・・・。ホスピタリティがなってないんだよね。
乗客は荷物じゃないのよ?ビジネスだとか、1stだとか、クラスの問題じゃない。あんたたちは、人間を載せているという自覚と気遣いに欠けるのよ!
私の予想では、エコノミー症候群で死人を出した後、近い将来エコノミークラスは撤廃されるか見直されることでしょう…。

窓際に乗った主人が、金色のリボンとビーズ細工のように輝いているエルサレムをご覧、と私を起こすまで、私はいつの間にか、眠っていました。
さようなら、エティオピア、そして初めまして、イスラエル!