駅、手持ち無沙汰、禁煙、駆け込み乗車、落し物、構内放送、高感度協力者探し
幕間
「ここは東京都心から各駅停車で二時間ほど離れた私鉄ローカル線の駅
ホームの端に、二十歳すぎの大学一年生がたたずんでいる。
留年したわけではない。今年入学したばかり、しかし意に染まない大学だ。
何浪も重ねてようやく滑り止めに入った。
本当はこんな中途半端な田舎大学になど入りたくはなかったが
経済事情から、親に懇願されて
また入試の繰り返しにも疲れて入った。
彼は手持無沙汰で、ホームにたたずんでいる。
フケの浮いたぼさぼさ頭と
無精ひげが
今この瞬間の境遇への無意識の不満からくる、
生活そのものへの『やる気のなさ』が現れている。
分相応のところにいるからこそ感じる
劣等感からくる居心地の悪さを
『やる気のくすぶり』と勘違いしている。
とにかく手持ち無沙汰だ。列車を待ちながら、ただ何もするところがないことに、彼は思う。
ほんと、何にもねえ駅だな…。東京ならテレビくらいあるのに…。
すると突然構内放送が
『以前は改札そばにテレビを設置しておりましたが、いたずらされるので、撤去いたしました』
?????
いや、偶然かな…。こういう放送をするところなんだろ。ああ、イラつく。
電車来たらドア開いても閉まるギリギリまで待つか。そんなゲームでもしなきゃやってらんねえよ、刺激求めるの仕方ねえよな。
すると構内放送が
『駆け込み乗車は大変危険ですので、おやめください』
?????
いや、よくあるだろ、こういう放送。
灰皿ないけど。タバコ吸うかな。どうせ誰も見てねえだろ、こんな田舎で。
すると構内放送が
『当駅は終日禁煙となっております。タバコ吸えません』
?????!
そして構内放送は続いて彼の名前を呼ぶ。
『○○大学1年生の西田徹さん、お財布の落とし物が届きました。駅事務室までどうぞ』
彼は慌ててポケットを探る。まずズボン、更に服全部の。改札をくぐった時には、定期が入っているのだから確かにあった財布が、ない。
彼は取るものも取りあえず改札に駆けつける。
『すいません、今、落とし物の放送されたモンですけど…!』
駅員は怪訝な顔をする。
『放送?…いや、今日は列車来る時しか放送してませんけど…』
『いや、したでしょ今、財布の落とし物があるって!その前にもタバコ駄目とかテレビ外したとか…!』
『ちょっとね、悪戯やめて…。テレビ外したなんてよく知ってるね』
そこへ背後で事務室のドアが開き、女子駅員が顔を出す。
『君、西田徹くん、こっちこっち。お財布』
『え…?』
事務室の中に招じ入れられる。
奥のドアをくぐって遺失物取り扱い室へ。
『はい、お財布、気をつけて』ニヤニヤ。
『すいません…』
『ねえ、どの辺から聞こえてた?』
『構内放送』
『え?いや、テレビ外したとか禁煙とか、それで…』
『君、感度いいねえ、君みたいのを探してたんだよ』
『え?』
『アタシ、スカウト。ねえ、君、幸せになってみない?』」
」