妄想連載で合気道やらなにやら色々出しているものの、これはいわばマーケティングの結果に従っているだけで、本来私はこういった拳法ものについて語る資格はないのだ。何しろ体育は中学まで2以上とったことないし、空手はへっぴりから上達しないうちにゲリラ豪雨に降られてマイコプラズマ肺炎で入院したのをきっかけに三か月でやめたし、剣道は中学の部活を辛うじて3年間続けたものの、結局初段も取れなかった。ただ、北バッシングの仕事をするようになってから、ノリを付けるためにこういうバーニングブラッド(所謂熱血)系を密かに?求めるようになってきた。アニメの視聴数を絞るようになっても、その中に今期これを入れるようにしているのは、それが私にとって北バッシング仕事のイメトレになるからであり、現場を離れてもそんなことをしているのは、自業自得で消化不良に終わったあの仕事を自分の中で完結させる準備体操でもある。

ただし今回これのことを雑文に纏めようとしているのは、それとは少々違う目的だ。つまりエリカの直観像記憶なるものに目を奪われたからだ。

北バッシング仕事の末期、私が認識した自己の改善課題は、大きく二つあった。一つはフィジカル、もう一つが記憶力だ。そのためにブックオフの百円本コーナーを中心に記憶法のハウツー本をちょこちょこ集めたのだが、その殆どは積ん読であるものの、同時に大部分は〈パラパラ見の速読〉はしていて、大半は「復習の繰り返し」が必須で、諦めて反復マシーンになれ、その努力は裏切らない、いや裏切るかもしれないが、それをやらないことには始まらないと書いてある。

そこへ来て「写真を撮るように、一目見ただけで記憶する」というこれである。近頃は人間が「忘れる」メカニズムを解説した本も多いが、この「直観像記憶」に当たるものが如何に当てにならないかが説かれている。

写真を撮るように。私は思わず「念写」を思い起こしたが、こういう人は実際のいるらしい。ただしそれは物覚えがいいと言うより、忘却の能力が著しく低いのであり、つまり天才の外見をした病気なのであって、大層苦しいものーらしい。しかしまた昨今の競争過熱社会はそうした本人にとって苦痛でしかないことも「個性」として、その伸長をはかり、羨望を集めることさえあるとすれば、まことに世は儘ならぬものと言わねばなるまい。

 

この能力を見て、漫画やアニメでは探偵学園Qを思い出す向きもあるだろうが、私は寧ろちはやふるを思う。本編ではなく、文藝春秋誌のエッセイでリアルの方のクイーン氏が、記憶には忘却術が重要だと語っているからだ。

ちなみにお付き合いの末期には私の顔を見れば「忘れたあ?」「お前、記憶力が劣化したなあ」が口癖になっていた「うちの作家さん」はゴリゴリの反復派だった。やはり凡人にはあの教条主義が「安楽な幸福への道」だと今は思う。

 

被差別民族が貨幣ではなく美術品で財産を保存する習慣についても思うところがあるが、忘れなければまたの機会に。