先週は、連続でいろいろと資料を作る必要がありとても忙しかった。外部に送る資料の締め切りがあったり、会社の偉い人への資料作成と説明があり、その中で「監査」というのもやりました(当然ながら準備があります)、はたまた、来週の2つの大きな打ち合わせの資料の準備もしておかないといけない。その他「いろいろな雑用」があり、自転車操業でとても割が合わない仕事をしています(と自分では思っています)。そういうなかで「がんばるだけ(他が遅れると)評価が下がる」という不思議な現象も起きるのです。その点、がんばった分だけ手元に入る様な(自営的)仕事をしている人はうらやましい。ある友人は(最近は会っていないですが)、「そろそろ食べるだけの仕事にして、後は趣味に専念したい」とか言っていた。これは羨望を超えて、すこし怒りを感じる(当人に非はないですが)。

●今読んでいる本
●J.S.バッハ-時代を超えたカントール/川端純四朗
私は、読書の殆どは外でやっているので、大きな本はなかなか読めません。それでも少しずつ読んでいます。まだ、ほんのさわりしか読んでいませんが、この本は普通のバッハの本では書いていない、バッハの二十歳前のこともやバッハ一族のことも、推測も交えて書いてあり、他の本の情報を補うことが出来ます。
●宗教改革の精神―ルターとエラスムスの思想対決/金子 晴勇/講談社学術文庫
今週は、通勤、出張の行き帰りでだいぶ読みました。通史とこのような各論を読むと、それなりに輪郭が見えるような気がします。また、自分がいかに知らないかが、よく分かりました。また、西洋の思想や音楽を(多少とも)身近なものにするには、キリスト教の理解は必須だと思います(それが判るのが遅かったですね)。私の妄想ですが、「神道」も国家神道からシャーマニズム的(超)自然主義に帰る宗教改革が必要と思います。

●その他、情報収集
会社のお昼休みに宗教改革関連のHP(など)を覗いています。もちろん、このほうが理路整然です。
●ウイキペディア-フリー百科事典
ここは、ルターやエラスムス、宗教改革の他、キリスト教の歴史といったもの等、いろいろと書いてあり、基本的情報が得られます。少しずつ読むと、(当然ながら)少しずつ知識が増えます。ただ、理解するには、個人の論文の方がよいかも。
●世界史講義録
高校の先生の講義録です。前も書きましたが、私は高校世界史の授業はサボっていたので知識が無いのです(今思うと、もったいないことをした)。キリスト教の成立や、宗教改革のことも分かり易く書いてある。
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隣の家のユダヤ教の人から、突然、安息日のガス漏れトラブル対応で、ガスの元栓を止める「労働」を頼まれたとのエピソードが紹介されていた。ユダヤ教の方にとっては「安息日」は戒律なんだと理解させておいて、「キリストは、最も貧しい人々、戒律を破らなければ生きていけない人々、その為に差別され虐げられた人々の立場に立って説教をした」と説明する。その、説明は「ざぶとん1枚」ですね。たぶん、いい先生なんだと思います。

●クラーナハ《ルター》/マルティン・ヴァルンケ/岡部由紀子訳クラーナハ
HPでこんな本を知りました。まず、びっくりしたのは、この画のイメージです。この本の解説には「ルターは自分の肖像画に関心を示さなかった。彼にとっては外に現れた姿より、魂の救済のほうが重要であった。それゆえ彼は親しい知人であるルーカス・クラーナハに、自由に自分の肖像画を描かせた。」とある。ルター有名な下の画(これもクラーナハ作)とは大違いです。地位もそれなりに安定すれば人は太ってくるものですが、若い頃はこんなんだったのかと驚きます。なお、宮廷画家クラーナハにも興味が出てきた。図書館での要チェックの本にしようかと。

●キリスト教の歴史/小田垣雅也/講談社学術文庫
それで、主題のこの本です。相変わらず、自分のために、自分なりに整理しています。今日は、第6章「宗教改革」です。
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今日は、ちょっと用事があり出かけるので、この後、書いている時間がありません。夕方戻ってから追記しようと思ったのですが、つかれたので明日にします。
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でも、ルターの宗教改革の時代(日本では戦国時代の頃)16世紀、ルターとエラスムスの人間の自由とヒューマニズム論争が、現代の未解決の課題に繋がるというか、その課題が現代的意味を持つこと。これは、とても面白く興味がある。また、エラスムスの学者的姿勢、キリスト教を中心におきつつ人間の自由をベースにしたヒューマニズム(その必然として無神論的ヒューマニズムに行き着くらいし)に対し、人間中心のヒューマニズムになかに、「人間の(根源の)悪」を読み取った(学者的には無茶苦茶な論理の中にある)ルターの神の人間性(ヒューマニズム)は、面白い。

・・・ということで。