2001年9月2日の夕刻。
私は、地下鉄シティーホール駅近くのビデオ屋さんに行き、その帰り道、世界貿易センタービルを見上げ、思わず「大きい!」と、声に出していました。一ヶ月のニューヨーク滞在の最終日でした。
翌3日には日本に帰国。そして、ニューヨーク滞在の余韻もそろそろ消えかけていた9月12日の朝、新聞の一面の写真を見て、思わず息をのみました。ツインタワーに航空機が突っ込んでいる光景は、とても現実とは思えませんでした。しかもわずか10日ほど前に、私がこの目で見上げたビルなのです。
その直後から始まった米軍によるアフガニスタンへの空爆。
私は戦争には反対ですが、漠然と「ここまでの事をされたら、アメリカが空爆をする気持ち、分からないではないな」そんな思いが頭をかすめていました。そんな時に、あるBuddhistのエッセイを目にしました。残念ながら、そのエッセイはもう手元にはないので、記憶でしかないのですが、確か「報復は次の報復を生む。結局、何の解決にもならない」「誰がアメリカの子供、アフガニスタンの子供と決めたのか!みんな地球の子供ではないか!」読んだ瞬間、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けました。
この9.11の直後に、スイスで世界宗教者会議が開催されたそうです。9.11があったから、急遽開催されたのではなく、もともと予定されていた会議でしたが、やはり9.11について、紛糾したそうです。その中で、キリスト教とイスラム教の代表の主張は、それぞれが唯一絶対神への信仰であるため、最後まで歩みよる事はなかったと。そして仏教の代表による平等の精神に、司会者は「平和への希望が感じられる」そういった言葉で、会議は締めくくられたそうです。
仏教には「如我等無異」という仏の誓願が説かれています。「我が如く等しくして異なること無からしめん」仏の願いは、すべての人を仏と等しい境地に導く事。すべての人に、等しく仏の生命があると。「すべての人」です。
今、グランドゼロ近くのモスク建設に対し、信教の自由か、被害者への配慮かという事で、かなり大きな問題になっていますが、今年も間も無く巡ってくる9.11。多くの人々が、この日を平和の誓いの日にしていく、原点とも言える日にしていかなければならないと、感じている事でしょう。