心に灯る。 | ちいさな、おはなし。

心に灯る。


初めての駅で改札を出る。
が、階段を駆け上がり、地上に降り立ってみると、
そこにはただもう暗く無機質な街が横たわっているだけで、特別の感慨などなんにもなかった。

すぐに見つけた商店街はやはり暗く沈んでいて、ここを行くのかと考えると気が重くなってしまった。
しかし知人がこの暗闇のしばらく向こうのどこかにいる。
行かなければ。行きたいのだ。

仕方なく歩を進めると、ほどなくして暗闇の中にポツンと中華料理屋がある。
通りすがりに一瞥すると、店内には料理を頬張る家族の姿があった。
この暗闇の街のどこから、あの人達はやってきたのか。

再び歩き始めると、さらなる暗闇が延々と続く。
道を間違えたかもしれないと思い始めた頃、暗い公園の入口付近に、突然小さな立て看板が姿を表した。
右方に向かって矢印が描かれており、

「こっちへ進め」

と、言っている。書いてあるというより、そう言っている。

あの暗闇の商店街を歩いてきてあの看板を見つければ、用のない人も全て右に曲がってしまうのではないだろうか。

自分は用があったからいいけれど。
ようやく知人のそばまで辿り着いたわけだ。

◇◇
住宅街の中の小さなシアターで観たひとつの舞台は、
暗く、重いものだった。
暗く、重いけれど、僕にはどれも合点のいく内容だった。
自分は、ああいった芸術や表現を細かく分析する能力を持たない。
しかしそれでも、合点のいく内容だった。つまり違和感がないのだ。

暗があるから明があるのだろうし、
陰があるから陽があるのだろうし、
静寂や無機質があるからその逆を連想させ際立たせたりすることも。そんなこともあるのだろう。

結局のところ、その暗くて重い舞台を観たあとの僕は、
とてもとても、心が温まっていたという不思議。

知人は大いに演じていて、大いに「表現」していた。
大いに「表現」していたが、それでも僕のよく知る知人だった。
だからこそよい。どんな役柄を演じてもその人自身がベースとなっているはずで、完全に別人に成り切ってしまった演技というのは個人的には好きではないからだ。
自分の面影を消してしまったら、その人にその役を頼んだ意味がない。

◇◇◇
知人には声をかけずに暗い商店街を駅に戻る。
あの中華料理屋は、閉まっていた。
寄って行こうと思ったのだけれど。