半平太。

こういう人、否定するわけではないですが、今までの私の人生
の中で何人もいました。

自分が何で周りから敬われるのか、一目置かれているのかを
わかっていない人(勘違いしている人)。

もしくは、わかっていながら気づかないフリをしていたり、
わかっていながらもカリスマを演じろうとする人。

本物のカリスマなんてそんなにいるものではないのに…。

偽者のカリスマは、残念なことに自分で自分のことをカリスマ
と言っていたり、心の中で思っているものです…。

愛国心があるのはわかるし、一生懸命なのもわかるのですが、
狭いものの考え方を門下生におしつけるのはどうかと…。


次は、弥太郎。

牢屋の中である老人と出会い、這い上がるきっかけを見つける
ことができました。

それは、『 ものの価値は人それぞれ違う 』 ということで、商売
なら自分の才覚次第でどうにでもできるということです。

この事にちゃんと気づけた弥太郎の感性は鋭い!


上記のとおり、人はいろんな人に影響を与えたり、影響され
ながら生きています。

出会いは宝ではありますが、良い出会いばかりとは限らない
ので、常に自分の人格を磨いておく必要があると思います。

誰かに影響されても、最終的には自分自身の責任なのだから
恥ずかしながら知らなかったことがもう一つ。俳優の大森南朋はずっと「おおもりなんとも」だと思ってたのですが「おおもりなお」なんですと。おまけにこの人は麿赤兒の息子だそうな。世の中知らないことが多いです。

 いずれにしても、まずは2回見ましたが今回は1年見続けられるかどうか。ちなみに天地人は半年ちょっとで挫折しました。まぁもちろんつまんなければ今年もあっさりやめますけど。

龍馬ファン福山ファン双方のコメントを見ていると、「合う」「合わない」の単純な印象論では片付けられない、ふたりの人間性のシンクロを感じる。

福山雅治は、そのイケメンぶりだけでなく、パーソナリティをつとめるFM番組をはじめ各種メディアで見せる自然体な素顔も大きな魅力とされている。
そして坂本龍馬も歴史上の人物ながら、多くの小説・ドラマで描かれているだけにその飾らない人となりは多くの人が知るところ。


それだけに、
「龍馬はきっと福山さんのように自然体で国を憂い、自然体で変えようとした人」
「ましゃの永遠の少年性やカリスマ性が、龍馬にオーバーラップする」

といった分析も見られた。
主役が固まったところで、ブロガーの話題は龍馬をめぐる他のキャスティングにも及んでおり、
「龍馬の妻おりょうは、柴崎コウちゃんがいいなっ」
「エリカ様におりょう役で復帰してもらい、大河の現場で鍛えられてほしい」
「乙女さんは天海祐希さんかな?」
など、まだまだ楽しい妄想が繰り広げられそうだ。



幕末と平成、ふたつの時代の人気者の魅力が素敵な化学反応を起こし上質な大河ドラマに仕上がることが期待される。

大河ドラマ 龍馬伝 について語るこのシリーズですが、
今回は第9話『 命の値段 』 についてです。

今回の見所は、相変わらず間違ったカリスマ性を発揮している
半平太と、いずれ三菱財閥の創始者になる弥太郎が、商売に
対する考え方を悟るところです。