月曜日はアメリカは Memorial Day でお休みでした。今週と来週は医療処置が続くので、少し休みを取っています。でも家にいると案外いろいろできるんですよね。アメリカ風のビスケットを作り、発酵ピクルスも仕込みました。

3週間前にもビスケットを作ったのですが、ケーキ用の薄力粉(cake flour)がベーキングパウダー入り小麦粉(self-raising flour)のように膨らむと勘違いして、ベーキングパウダーを入れ忘れました。結果は、しょっぱいバター味のクッキーのようなものに。でも美味しかったらしく、家族には好評であっという間になくなりました。

今回はちゃんとベーキングパウダーを入れ、塩を控えめに。同じ量のバターを使ったのに、夫には「美味しいけどバターが少ない気がする」と言われました。不思議ですね。

初めての大腸内視鏡とアメリカ式の準備

歳を取ると時間が過ぎるのが早いものです。もう木曜日。日曜日に作ったビスケットを最後に、初めての大腸内視鏡検査のため流動食を始めました。

アメリカでは、できることは全部自分でやるのが普通で、準備も例外ではありません。PEG-3350 & electrolytes なるものを昨日と今日飲みました。詳細は控えますが、とにかくまずい。しょっぱくて、飲むのが苦行でした。

自分を励ますつもりで AI さんに「終わったら何を食べよう」と聞いたら「スープ」と言われてキレました。あのしょっぱくてまずい液体を5リットルも飲んだ後にスープはないでしょう。オートミールとココアは大丈夫と言われたので、それにしました。

少し食べたら逆にお腹がすいてしまい、大食いを避けるために昼寝をして、起きてから夕飯を食べて Netflix を見ました。

日本ではこういう準備、全部病院でやってくれるのでしょうか。午後1時に家を出て、3時半にはクリニックから帰宅。今日は麻酔のせいにして仕事はお休みです。暇なのでブログを書いています。

土曜日は空手の審査、月曜日は屈折矯正レンズ交換術(白内障治療)。なぜこんなに予定を詰め込んだのでしょうか。左目だけなので、また右目もスケジュールしなければなりません。面倒くさい。

ルパン三世と両親と歪んだ恋愛観

「ルパン三世 ワルサーP38」を見ました。絵柄は少し違いましたが良かったです。お気に入りの次元の出番が少なかったのは残念。

私は小さい頃からルパン三世を見て育ったので、そのせいか恋愛観がちょっと歪んでいる気がします。好きなのは次元ですが、ルパンと不二子の関係も魅力的なんですよね。派手に好きなことをして、計画もないのに会って惹かれ合う感じ。

昔は仕事関係のカンファレンスで、年に1〜2回だけ会う人がいました。そういう人と恋に落ちるのもいいなと思ったり。でも私はもう結婚して子どももいるので関係ありません。それに出世しなかったので、今は若いハイテク新入社員の男の子たちと働いていますが、彼らとの関係は御免です(笑)。

妹と、母の妊娠中の記憶

また昔話をしましょう。アラフィフを越えると、何か伝えたくなるものですね。

私には妹がいます。仲は悪くありませんが、年に1〜2度電話する程度で、親しいとも言えません。2人ともアメリカに住んでいますが距離があるので全然会っていません。年齢は2つ違いですが、今となってはほとんど同じ年齢のようなものです。

この間「最初の記憶」の話をしましたが、妹が生まれる前の記憶が私の2番目の記憶です。母は未治療の妊娠糖尿病で、2度とも帝王切開。赤ちゃんが育ちすぎたんですね。そのせいか私も妹も肥満児でした。家を出て一人暮らしを始めてから体重管理が楽になりましたが、それはまた別の話。

母は私を帝王切開した経験があったので、妹の出産のかなり前から入院していました。その頃のことをいろいろ覚えています。

  • アパートから今の実家に引っ越し、父と空っぽの家で床に寝転んだこと(赤いじゅうたん)

  • 父の仕事場に連れて行ってもらったこと。神棚があり、2人でお祈りしたこと

  • 母方の祖父母にしばらく預けられていたこと

  • 母のお見舞いに行ったこと

  • 病院で初めて妹を見たこと

両親と祖父母たちとの関係

父とは良い思い出と悪い思い出がありますが、ほとんど家にいなかったので、私は夫に会う前に「ほっといてくれる彼氏」を選んだのだと思います。夫は内向的で、一人でいるのが苦ではないので、私がほっといてほしい時にはちゃんと距離を置いてくれます。

母には残念ながら良い思い出がありません。

母方の祖父母も母と同じく怖い存在でした。祖母はキャリアウーマンで、土地と店を仕切り、お手伝いさんがたくさん。子育てはほとんどしていなかったようです。母も叔父も子守さんに育てられ、人を信用せず扱いも荒かった。私も妹もいとこたちも、結構虐待されていました。なぜ母方の祖父母に預けられたのか、今でも疑問です。

父方の祖父母は田舎の貧しい人たちで、母は軽蔑していたようです。家を買う前は別々に住んでいましたが、一緒に住んでいた時、祖父母は私の本当の両親のようでした。もっと一緒にいたかった。

祖母は両親が日本に戻ってしばらくしてから認知症になり入院しました。帰国するたびにお見舞いに行きたいと言うと、母は嫌な顔をしました。父は母と祖母の争いにあまり関わりたくなかったようですが、最終的にそっと母に知られないように病院に連れて行ってくれました。

誰のことも覚えられなくなっていたはずの祖母が、私を思い出して泣いたのは本当に悲しかった。面会は15分でほとんど話せませんでしたが、私にはとても大切な時間でした。私の前では祖母は普通に話し、大学院に行ったことを誇りに思っていると言ってくれました。父が教育を受けて出世したのは、祖母のおかげでしょう。