たまには小説を少々 | WE NEED COMEDYのブログ

たまには小説を少々

趣味については先日すこし書いた。根暗のご多分に漏れず、読書もそのひとつである。決して独唱ではない。独唱を趣味にする男を知っているが、ひとりでカラオケボックスに通うのだという。私には動機も快感も理解できないが。


学生の頃は、いわゆる文学が好きで、明治大正昭和の近代文学の王道を読んで過ごした。思えば典型的過ぎてここに書くのも恥ずかしい。最近でも、本をたまに読むとすれば、そうした本を読み返したり、読み残した名作を漁ったりする程度である。

ここ5年くらい、ちょっとした文芸ブームである。芥川賞を若い人がとったり、小説の映画化がさかんだったりするためだろう。映画化は、世界的にすぐれた脚本、ストーリーが枯渇していることにもよる。ミーハー的に小説が騒がれることになり、あまりいい気持ちがしないのは事実だった。


そういったひねくれた根性から、テレビや雑誌で話題になる 流行作家 の作品にはとんと疎くなってしまった。東野圭吾とか、吉田修一とか、yoshi(?) とかまったく分からない。古いものが良い、なんていうのは意固地な爺婆のいうことで、それこそ頭が固いだけのことのように思えたので、ツタヤの新刊コーナーにでも行って、流行の作家の本も見ておかなくては、という妙な義務感から、ふらっと出かけたのである。


近所のツタヤはメインが当然レンタル業だから、本の品揃えは量、内容ともにきわめて情けなく、雑誌、漫画のほかは、それこそ流行の新刊がランキングされて置いてある程度だった。

はでな装丁に、さらに過激な色の帯が巻いている。いろいろと褒めちぎっているのが良く分かって、読欲をそそる。  ように努力されていた。


一冊の本が目に留まった。森見 登美彦という作家の「新釈 走れメロス」。タイトルが目を惹いた。手にとって少しめくると、どうやらいろいろの短編の名作を、現代風にアレンジしたものらしい。元ネタをちりばめているらしく、興味がわいたので買うことにした。しかし、帯がすごい。帯 というより 化粧まわし である。色はどぎついオレンジで、でかでかと絶賛の嵐の文字が躍っている。極めつけは、「めざましテレビで紹介!絶賛!」みたいな軽薄なコメントである。弱ったな と思ったが、使命のような気がして、めげずにレジへ持っていった。案外高いものだ、1500円くらいした。新刊はこんなに高いのか。それで100万部売れる作品があることに意外を感じた。


「山月記」はなかなか面白く読んだ。ほかの作品は、ふざけすぎたきらいがあった。最後の「百物語」が少し楽しかったくらいだった。試みは良かったが、遊びすぎたのだろう。文章は上手な部類だと思った。とにかく読みやすかった。流行作家は読みやすいのもポイントだと思った。


読後感はよく言って爽快、しょうじき後味はなかった。第3のビールの飲後感に似た空虚さがある。自分の正しさを確認したような気もしたが、寂しいのは事実だ。もう少し飲んでおなかいっぱいにしてからでないと、いろいろ言うのは止したほうが良いと思う。

あとで知ったのだが、森見 登美彦 は非常に売れっ子の作家で、「夜は短し歩けよ乙女」という作品でブレイクした人のようだ。その本は私でも名前を知っている、大変評判の作品である。そのうち見てみようとは考えている。


いろいろとこねくり回してみたあとで思うのは、まあ、一杯のプレミアムモルツのほうが旨いに決まっているということだ。これは呆けた爺婆の思い込みなのだろうか。