【書名】蛍の航跡~軍医たちの黙示録~

                 

【著者】帚木蓬生(ははきぎほうせい)

      2011年11月20日発行 新潮社

【内容】
太平洋戦争での陸海軍軍医15人の手記の形式による短編小説集。
ビルマ、マレーシア、シベリア、中国、フィリピン、ニューギニア、ラバウル、インドネシア、タイ、カンボジア、南洋諸島、海軍艦艇を舞台に、どの部隊に必ず存在した野戦病院や衛生隊にいた軍医の目をとおしての戦争の状況をノンフィクション風に書かれている。

【感想】
作者は医師であり、各戦場での状況をしらべ、多くの軍医関係者にヒアリング調査をしたものと思われる。
戦争物の小説や手記は作戦遂行や戦闘状況を中心に書かれたものがほとんどと思う。
軍医に焦点をあて、彼らの目線で戦争を描いたところが新鮮だった。
戦争後半は実質的に負け戦であり、軍医といえども転進という退却行動を将兵とともにし、食糧は補給が途絶えた。まともな医療施設や器具はなく、医薬品も十分にないなかで、戦闘で傷ついた将兵の治療のみならず、マラリアをはじめとした病気、栄養失調、といった患者に対さなければならない。
医師としてまともな医療行為ができないこたは無念だったことだろう。

現地で、軍医が現地人を診療したりしたこともあったことが書かれていて、日本軍が侵略ばかりしたわけではないことも、事実として伝えられるべきことと思った。

どんな事情があったにせよ、日本は無謀な戦争に突き進んだとしか思えない。
気力では作戦は遂行できないし、実際に戦場にいるのは、名前のある人間である。
それぞれに生活があったものが、軍隊のなかの兵隊という数のひとつにされてしまう。
戦闘ではなく、病気や栄養不良で祖国を目前に息絶えた人も多かったのだろう。
生還できなかった多くの人を思うとやりきれなさを感じる。

軍医というのは医師のなかでもきわめて特殊な診療科目(?)になるものだろう。
震災対応などで力を発揮してもらうのはありがたいことだが、願わくば、軍医の人が活躍しなくてよい世の中であることを願いたいと思った。